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2016年1月に作成された記事

2016年1月29日 (金)

「多死時代」を生きる。

会報「希望」投稿。

オピニオン紹介、「多死時代」を生きる。

「希望」会員 田中七四郎

2016/01/29

1.「多死時代」と「2025年問題」

 「2025年問題」とは、団塊の世代(昭和22 (1947) 年生~昭和24 (1949) 年生)2025(平成37) 年頃までに後期高齢者(75歳以上)に達することにより、介護・医療費など社会保障費の急増が懸念される問題です。厚労省は平成27(2015)年に「ベビーブーム世代」が前期高齢者6574歳)に到達し、

10年後の平成372025)年高齢者人口は、約3,500万人((人口比約30%)に達すると推計しています(平成18年厚生労働省・委員会報告書)。これまでの高齢化の問題は、高齢化の進展の「速さ」の問題でしたが、平成27(2015)年以降は、高齢化の「高さ」(高齢者数の多さ)が問題となります。また厚労省は、高齢化の進展による死亡者数の見通しを平成162004)年の全国の実績死亡者総数が約103万人、うち65歳以上の死亡者数が約83万人(81%)でありましたが、平成37(2025)年の推計では年間の死亡者総数が約159万人、うち65歳以上の死亡者数が約143万人(90%)と「多死時代」が到来するというわけです。それによって介護給付金も20兆円に達することが予測されています。これら超高齢社会、多死時代における高齢者医療費・介護費用による財政圧迫は、病床絶対数の不足、医療・介護施設・人材の不足をきたします。いま日本は圧倒的に「病院死」が多い。2013年統計では死亡場所は「病院」75.6%、「自宅」12.9%、「診療所、老人ホーム(特養老ホ・有料老ホ含む)、老人保健施設、その他」11.6%(人口動態調査)である。「自宅」には認知症グループホームやサ高住(サービス付き高齢者住宅)が含まれる。これから来る「多死時代」には必然的に「病院」以外での在宅医療・在宅死(自宅死)の比率が高まっていくものと推測される。「最期は住み慣れた自分の家で過ごしたい」「最期は家へ連れて帰りたい」と考えている患者・家族も少なくない。60%の患者・家族が在宅死を希望しているという調査結果もある。「多死時代」を生きる患者・家族は如何に対応すべきかいまから覚悟と準備をしておかねばならない。患者・家族のみならず地域・社会・医療従事者・国としても医療・介護のサービス体制の見直しを急がなければならない。低い出生率と諸外国に例を見ないスピードで超高齢化が進行している日本では社会保障費用の負担が胴あげ型(1965年、高齢者一人に対し生産年齢人口9.1人)→騎馬戦型(2012年、高齢者一人に対し生産年齢人口2.4人)→肩車型(2050年、高齢者一人に対し生産年齢人口1.0人)社会へ大きく変化していくものと予想される。年金など厳しい社会保障費負担の到来が予測される。小堀鷗一郎氏は来たる「多死時代」には患者側は<「自分・家族が死ぬときは良い病院でよい医師に囲まれているべきであるという固定観念」、また「看取り家族が人の死を身近で経験したことが無いため、肉親の死に対応できないこと」>や医療者側は<「ヒポクラテスの教えに縛られて、死を免れることができない患者によりよき死を迎えさせる技量を習得していないこと」、そして「(医療者側の)研ぎ澄まされた功利主義」>などを再考する必要があると指摘している。

2.「多死時代」を生きる

 確かにいまわが国では「病院死」が多い。ただし近年「自宅死」(在宅死)の割合が増えてきているという(2015/11/18毎日新聞、私の社会保障論、宮武剛氏)。特に東京都では「自宅死」割合が16.7%と全国一位となった。かつて一位を長く維持していた長野県は12.7%で全国19位に後退した。なぜ大都市で自宅死割合があがったのか。前の宮武氏(日本リハビリテーション振興会理事長)によれば<同居家族が父母や祖父母らの入院、施設入所を勧め、一人暮らしや高齢夫婦世帯の方がむしろ自宅で長く暮らす現象が背景にあるようだ>という。また自宅死は家族や知人に囲まれて逝くという「常識」も疑わしい。東京23区内の「異常死」(自殺・事故死・死因不明等)のうち「孤独死」(自宅で死亡の一人暮らし)は4515人(うち65歳以上2869人)。自宅死総数13467人の約34(2013)。壮年期の男性も目立ち、発見まで長く放置される例も多い。他の大都市部でも自宅死も孤独死の増加が要因の一つと推定される>という。わたしたちはどこで最晩年を迎えるのか。終の棲家がどこになっても最期はその人自身が希望する(満足して)死が遂げられるような、その人にとって適切な医療・介護サービスが受けられるようなケアシステム社会が望まれる。

参考文献:卓話「ヒポクラテスの教えなかったこと」

埼玉県新座市堀ノ内院名誉院長地域医療センター長小堀鷗一郎

「おひとりさまの最期」上野千鶴子、朝日新聞出版、2015/11/30\1,400

    過去の他者よりtakeして未来の他者にgiveをする 烏有

以上。

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