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2014年12月10日 (水)

尊厳死について考える。

会報「希望」投稿。

尊厳死について考える。

「希望」会員 田中七四郎

2014/12/10

 最近アメリカの29歳の女性が医師から処方された薬を服用して亡くなった。女性は末期の脳腫瘍で余命半年と診断されてカリフォルニアから尊厳死法を合法化しているオレゴン州に転居していわゆる「積極的な安楽死」によって死亡した。彼女は「私には自殺願望があるわけではありません、私は死にたくはありません。ですが、わたしはもうすぐ死にます。だとしたら、自分の思う通りに死にたいのです」とCNNcomのブログサイトに書き込みをして、死の直前の揺れ動く思いを吐露して亡くなった。海外で施行されている尊厳(安楽)死法では尊厳死には自発的(消極的な)な安楽死と積極的な安楽死があるといわれている。前者は延命行為を行わない或いは治療を終了することにより結果として死に至らしめる。後者は本人の自己決定権を尊重して本人及び医師などが薬などを服用して生命を終結させるものである。彼女の場合は積極的な安楽死を選択したことになる。更に彼女は「さようなら、世界のみなさまさようなら」と自分の死を積極的に公表して死んでいったことでいまのNet社会で大いに議論になった。

 今日尊厳死が合法的な国はベネルクス3国、スイス連邦、アメリカ合衆国(オレゴン、ワシントン、モンタナ、バーモント、ニューメキシコ州など)などがあり、スイス連邦では自殺幇助のNGOも存在しているという。日本では尊厳死法案を国会で提出する動きがあるようだが未だ時間が掛かりそうである。そもそも尊厳死する目的は何だろうか。日本尊厳死協会が定義する尊厳死は「不治かつ末期の病態になったとき、自分の意思で延命措置を中止し、人間としての尊厳を保ちながら迎える死」となっている。難病の患者さんなど尊厳死を望む人は生存時間の長さ、長寿を全うすることより将来への絶望やいまの苦痛から早く逃れたいと考えて尊厳死を選択するのかもしれない。認知神経科学者のマイケル・ガザニガは<人間は「衝動を抑えて満足感を先延ばしにできる唯一の動物」である>(「ほとんど想像すらされない奇妙な生き物たちの記録」p117)。と定義しているが、その人間の定義を超えるほどがんや難病の患者さんの物理的、精神的、社会的痛みは計り知れないものがあるのではないか。古来日本人は島国という地政学的特徴もあり自然災害や天災などによっていついのちやときを喪うか分からないという無常を感じて生きてきた。安楽死や尊厳死について考えるゆとりがなかった、あるいはなじみが薄かったのかもしれない。今日日本では健常な人でも最期は自宅で死にたいと願っているにも拘らず現実は自宅以外の病院や施設などで亡くなっているケースが多いという。期待と現実のギャップが海外に比べて格段に大きいのがいまの日本のようだ。人間の尊厳を考える上で重要な、より苦しまずに気持ちよく(カンファタブルな)、安心できる最期を迎えたいというニーズは益々増えてきている。そんなニーズに対していま十分といえまい。尊厳死法制度化以前に人生の最期の看取りの環境や緩和ケア環境の充実の方が急がれるのではないだろうか。自分(人間)のいのちは自分だけのものなのだろうか、自死は権利といえるものだろうか、死に対する自己決定権といっても本当にどこまで信用できるものだろうか、安楽死、尊厳死、平穏死ということばの定義の問題ではなく日ごろから死を身近に考えることによって自分はどう生きていくのか、自分や家族、社会、国家の幸福とは何かを見直すよすがにしていきたい。前に紹介したほとんど想像すらされない・・・」の著者は、人間と霊長類の違いは、芸術、宗教、料理、スポーツ、ユーモアなどを解することであると主張している。安楽死を考えたり尊厳死を考えるのは他の動物にない人間と他の動物とを区別する大きな特徴といえるのかもしれない。

 尊厳死前に本願成就かなひしや 烏有

参考文献:http://www.huffingtonpost.jp/2014/11/03/brittany-maynard-death-with-dignity-advocate-dies-at-29_n_6091954.html

「ほとんど想像すらされない奇妙な生き物たちの記録」、カスパー・ヘンダーソン著、岸田麻矢訳、

エクスナレッジ2014/10/24\2,200。以上。

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