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2013年12月28日 (土)

あとがき(2013/12/19)

     ✤✤ あ と が き ✤✤

落葉も一段落し、早めの冬景色となりました。早速先月の続きにはいります。

 さて、寬次郎が「現実の裏にくっついている」絶対的自由に裏打ちされた「第二の世界」と言う時、そこは、喰うか喰われるかの絶対的な敵対関係と、養い養われるという絶対的な相対(融和)関係が一つの事柄(現実)として主従関係を自由に転換しつつ絶対肯定的・同時に成り立っている「絶対無」「絶対空」とでもいうほかない処でした。言い換えるなら、拠り所がなく無限に開かれた対象化できない場所のことでした。いわゆる「空の場」は、「あり得べからざるものをあり得させる」「白を黒に出来、赤が青だと言える」変幻自在、形なきものが形をとってくる、おのずから然らしめる、あるがままの場とも言える処です。二見分別の感性的・理性的立場からは、ある意味で空想的・ナンセンスと指弾される立場とも言えましょう。逆に言えば、自己自身をも含めてすべてのものを一方的に対象化して見、聞き、考える二見分別の立場は、対象化して見ることのできない真の自己(あるがままの自己)、真の自由(あるがままの自由)には出会えない立場とも言えます。したがってその立場からは、「不安なままで平安」・「この世このまま大調和」という寬次郎の一見矛盾した言葉も、現状肯定主義・楽天家の戯言にすぎないと一蹴されるのかもしれません。そこでは矛盾した言い表しがどこからなされたか不問に付されています。

しかしながら、二見分別の立場での「あるがまま」は「目に見たそのままのもの」として、対象的・実体的・固定的に見られた「あるがまま」の形相(すがた)としてしか見ることができません。ところが、現実の形相(すがた)は時々刻々と非同一的形相(姿・.形)として現れます。それを見ている主体の視点もまた同時に時々刻々と移って行きますから、「目に見たそのままのもの」を対象的・固定的に見ている限り、それは虚像・幻想にすぎず、「あるがまま」の現実とは言えないことになります。近代的・主体的・自立的自我に目覚めた者(たとえば独我論者)にとって再びの試練が訪れているのです。主我的意識の内側でなされる自己反省や自己否定も相対的否定に過ぎず、二見分別の感性的・理性的立場そのものが絶対的に否定されているということに目覚めなければなりません。すなわち、「現実の裏にくっつている」「空の場」に働く動力学(絶対否定がただちに絶対肯定そのものとして働く)によって、二見分別する主体のありかたそのものが根本的変革を迫られているということです。その鍵となるものとして、「無心の心」、「無分別の分別」、「不知の知」、「不見の見」という言葉がありますが、これらはすべて「空の場」に直接したところから「空の場」に働く力によって成り立っているのでした。

 強烈な自我の持ち主だった寬次郎もまた、先に掲げた日誌や自註を見てもわかるように、一度ならず何度も苦悩のドン底に落ちていたのでした。そして、無底ともいうべき苦悩のドン底に徹したところから、「葉と虫」は「不安のままで平安」と答えたのだと受け取ったのでした。寬次郎もまた「葉と虫」とともに「空」と一つになって「不安のままで平安」だと語っているのです。言って見れば、寬次郎が、彼自身の主我的意識が絶対的に空無化された「絶対無」「空の場」にいったん跳び出て、葉と虫と共にそれぞれに「空」と一つになって、虫は蝶に転換されて飛びまわり、葉は無残な姿から装いも新たに葉っぱとなって軽やかに舞い、寬次郎は「無我の我」となって積年の重荷から解放されて軽やかに「山科の村々」を歩きまわっているのでした。その様子が次のように描かれています。

『この間中から、もやもやしていた、これでいいのだ、これで結構調和しているのだというような、しかしつきつめると何でそうなのだかわからなかった事が、ここで答えを得たのであります。虫と葉っぱ明らかに、かく答えたのであります。不安のままで平安──そうなのか、そうだったのか。/蝶が飛んでいる、葉っぱが飛んでいる、私は暮れるまで山科の村々を歩きまわっていました。』

 ここまでは、寬次郎と虫と葉っぱとの「うるわしい出会い」(直接経験)が語られていたのでした。これが出会いの瞬間に本来の姿として、現実にあって現実を越えたあるがままの「第二の世界」として現前してきたのです。しかも二行ほど余白を取った最後の締めの言葉『この世このまま大調和』によって、「空の場」としての「この世」(普遍の場)へと転換されます。この余白こそは、世界の開け、あるいは沈黙の世界でもあり、非対象的な絶対現在・絶対此岸(今のいま・此処のここ)を指示していて、そこには寬次郎と虫と葉っぱの姿はすでに消えてありません。「空」と一つになった「この世」が時々刻々と新たに展開されます。言い換えれば、寬次郎のみならず私や私たちも「無底空袋」ともいうべき普遍の場所へ引き出されていると申せましょうか。そして、「いのちの窓それ以後自筆ノート/昭和二一年~二三年」・『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』(前出)には次のように記されています。

『「この世このまま大調和」美しいかな有り難いかな/雨とぬれ 風と吹き 雷と鳴り 地震とともにゆれるのだ 秋風と一緒に鳴き 芙蓉と一緒に咲き 仕事と一緒に仕事』

ここには自然と人間との緊張関係において、人間の実存にとって都合の悪い事(審き)も良い事(恵み)も素直に受け取って、それらが全く障碍とならない軽やかな大調和の世界が展開されています。この世のあらゆる事象が自己を含めてそれぞれに「空」に裏付けられ、「空の場」に働く絶対肯定の力が一瞬一瞬完結しながら新しく働いていればこそ、そういうことが言えるのです。単なる思いつき、言葉の綾として恣意的に言われているわけではありません。つまり主我的意識が絶対的に否定された「空の場」で、自然とともに主となり従となり、従となり主となって立場を自由に転換しながら生きるということが言明されています。しかも「仕事と一緒に仕事」と結ぶことによって、「コレカラ始マル未知ノ世界 何ガ起ルカ マサニ生キ甲斐アル也」(前出 8月16日の日誌)とある通り、仕事することがそのまま生きることであり、生きることがそのまま仕事することであると率直に述べられています。すなわち、常住危機の真っただ中にあって、「無我の我」の実存的自己として生死することの喜びが、エッセイ『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』に反映されていたのでした。そして、寬次郎独自の個人的直接経験が「空の場」(普遍的場所)においてなされている限り、今ここを生きる私や私たちにも直接に関係している事柄だったのです。それをどのように受け取るかは、一人一人の自由な選択にゆだねられていますが。もうすぐ新年を迎えますが、どうぞいいお年を!

2013年12月19日(T)

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