« その訳、ヘン? ―タナカならこう訳す。 | トップページ | あとがき(2013/1/15) »

2013年1月24日 (木)

「星空に救われた日々」あらき まりこ

「星空に救われた日々」

                  あらき まりこ

  

わたしは20代の頃、肺結核で長い療養生活を送った

ことがあります。その当時は、門司に木造平屋建ての療養所があって、入院の日、輸送車に乗せられて、長い廊下を渡って病棟に着くと、なんだかタイムスリップして、別世界に来たような心地がしたものです。風邪で、なかなか咳が止まらないなと思ってちょっと受診して、念のためにと撮ってもらったレントゲンで、左肺の陰影を発見されました。生まれて9か月の長男をうちに残して、突然の入院でしたから、悪い夢を見ているような、自分でも信じられないような思いでしたが、ただただ悲しくて、子どもに関連したなにかをふっと思い出しただけで、途端に心ががたがたとくずれてしまいそうでした。子どもは、入院の数日前から、不思議と急に牛乳が飲めるようになったことは唯一の安心材料でしたが、病室で止まらないお乳を一人でしぼって捨てる毎日は、かなりわびしいものでした。

心は弱りながらも、ある時から、どうしても治す、しかもできるだけ短期間で治す、と強く自分に言い聞かせて、結核菌に打ち勝つために、摂った栄養は逃さない、うまくからだに吸収させる、という目標を掲げました。だから、「お乳は早く止める」、「薬の副作用で嘔気が来てもからだを刺激しないようにそっとして、取り込んだ食物は吐かない」等、自分のエネルギーを、一心にそこに集中させました。半年の予定で入院して、医師からレントゲン写真のめざましい改善を告げられ、退院を間近に控えたその頃に、病状がなぜか急激に悪化して、退院がポンと数か月先に延びました。結果的に入院期間は1年3か月の長きに渡ったのですが、先延ばしになった時点で気持ちを立て直すのは大変でした。

同じ病室に、わたしと同じように幼い子を残して入院してきた若いお母さんが居て、同じ悲しみを抱えていました。よく一緒に、大判で色刷りの星座の本を見ていたのですが、ある夜、二人で、病棟の重たい木の扉をそっとこじ開けて、外の庭に抜け出ました。空を見上げて星を探しながら、星座の本を懐中電灯で照らして、星の名前を当てっこしました。本の星がそのまま空でみつけられることに、密かに歓喜し、心が躍りました。一人だったら怖かったと思いますが、二人だとすごい開放感でした。その夜から、雨が降らない限り毎晩、秘密の星空通いが始まって、いつのまにか、なんだかわけもわからず、気がつくと心が元気になっていました。暗闇で星をひたすらみつめる行為には、人間を根源的な生に立ち返らせる魔法の力が潜んでいるのではないでしょうか。今でも星空を見上げるたびに、わたしはほんとうにそう思います。

|

« その訳、ヘン? ―タナカならこう訳す。 | トップページ | あとがき(2013/1/15) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104187/56619145

この記事へのトラックバック一覧です: 「星空に救われた日々」あらき まりこ:

« その訳、ヘン? ―タナカならこう訳す。 | トップページ | あとがき(2013/1/15) »