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2012年8月 3日 (金)

書籍紹介「恍惚の人」、会報「希望」投稿。

書籍紹介「恍惚の人」有吉佐和子著、新潮社、昭和471972)610日発行、\1,700

「希望」会員 田中七四郎

2012/8/2

40年前の老年学

―死にざまが生きざまなりし日々もがく

 今から40年前、少子高齢化や社会保障と税の一体改革ということばがなかった時代の話。今日日重い課題である老後、認知症対策、在宅介護などの社会的問題を先取りした作品である。

 作品が出版された前年、昭和461971)年には連合赤軍事件が起こり家庭崩壊ということばがはやりはじめた頃であった。

 作者41歳のころの書き下ろし長編小説。恍惚の人とは作者が頼山陽の「日本外史」の中の「三好長慶老いて病み恍惚として人を識らず」からとったことば。当時は耄碌、ほけ、呆けということばや老人性痴呆症、老人性うつ病ということばで語られていたが、いまではアルツハイマー病、認知症ということばが一般的である。恍惚の人は一時はやりことばになった。作品に出てくる寝たきり老人、病人おむつ、老齢化、癌年齢、安楽死、人格欠損、敬老会(館)などは現在ほとんど聞かれなくなっているが、特養(特別養護老人ホーム)ということばは当時から既にあって今日でも関心度が高い。当時の老人ホームが心身健全な老人しか対象にしていなかったところなどは時代の変遷を感じた。

 介護保険制度やヘルパーさんのいない時代、作家の問題意識、先見性などは全く驚くものがある。老年学(ジェロントロジー)という学問分野を提唱している(有吉佐和子、平野謙(評論家)との対談「老いについて考える」)作家の問題提起などは今でも十分通用する概念であろう。

当時筆者は東京の企業へ就職して4年目、結婚して2年、29歳だった。老親(養父70歳、養母67歳)を戸畑区(北九州市)に残してきておりいずれ同居をと漠然と考えていた。この作品を読んでUターンを真剣に考えはじめたものである。

 40年前は、主人公昭子(45,6歳)、信利(昭子の連れ合い)の立場で作品を読んだが、今回は来年が古稀となることもあり茂造(84歳)の立場に身につまされて読んだ。茂造の最期はそれまでの行状からすると信じられないほどあっけなく逝った。茂造の過去にどんな過去があったのか作品では詳らかにされていないが、徘徊(あてもなく歩き回ること)したり、弄便(自分の排泄物をもてあそぶこと)したりしていた茂造は静かに息を引き取った。人が死ぬということは、人が生きてきたようにしか死ねないものだと感じた。再読了後、筆者もいつか家族、世間に迷惑をかけてくたばりそこなって死ぬかもしれないという不安がよぎる。いやさお富さんそれもよかろうチャカラカポンさ。死にざまが生きざまなりし日々もがく 烏有

参考文献:

「家族という意志」-よるべなき時代を生きる、芹沢俊介、岩波書店13632012/4/20\820

以上。

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