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2012年3月27日 (火)

事務報告

        事 務 報 告

218日(土)事務局・西安寺にて世話人会開催。会報「希望」第260号製本発送。

◇会報掲載の原稿の投稿や製本のお手伝い等して下さる方は、事務局までご一報ください。

あなたらしく生きる

  あ と が き  

今日は春彼岸の入りですが、うるう年のため一日早く入りました。庭のしだれ梅はようやく満開を過ぎたところです。今年は紅・白梅とともに開花が例年になく遅れてしまいました。沈丁花は満開を迎えましたが、白木蓮やソメイヨシノはまだ蕾が固いようです。

 先月の続きに入ります。私は一度もちゃんとした茶席に入ったことはありませんが、京都・大徳寺の塔頭寺院にある種々の茶室を覗いたことはあります。立派な作りの茶室もありますが、基本的には侘び寂びの空間をかたどったものであり、それらは閑寂な世界に導くものでありましょう。あるとき秀吉は、利休の侘び茶の本意に逆らってかあるいは遊び心かどうかわかりませんが、黄金の茶室を組み立てそこで利休に茶会を催させたということもあったようです。しかし金殿玉楼もまた無常の風に曝されれば虚空の彼方に消えてゆくものですから、逆説的ながら侘び寂び(空寂)の世界に浸透してゆくものだと二人とも了解していたのかもしれません。ようするに、茶会の席は一期一会の現在的現場で主人と賓客が向き合いながら真実の出会いを重ねる場なのでしょう。秀吉と利休の間には主君と臣下(茶頭)という境界は厳然とありますが、茶会の席においては主人と賓客は互いに入れ換わることができ、そこは真実の自己をめぐって互いの力量がためされる場でもあると言えます。現在の茶道界がどうなっているか全く知りませんが、少なくとも利休の求めた茶道においてその点は明確であったろうと思われます。さらに言えば茶席の侘び寂びの時・空間において、秀吉によって用意された一枝の紅梅と広口の銅鉢も、満面にたたえられた水も、秀吉と利休の美意識とは独立にそれぞれに主役ともなり、脇役ともなるものであることも忘れてはならないでしょう。

 さて前置きはこれくらいにして「紅梅一枝と大鉢」の逸話に戻りましょう。この逸話は、「茶話指月集」より採られたものです。 『利休の孫・宗旦から、宗旦の高弟・藤村庸軒が聞き書きした利休の逸話を、庸軒の娘婿の久須美疎安(くすみそあん)が編集し書き留めたもの。元禄14年(1701)版行ということですから、播州赤穂城主、浅野長矩(あさのながのり)が江戸城殿中で吉良義央(きらよしなか)を斬りつけ、即日切腹、領地没収された年でもあります。なお、利休の没年は1591年(70歳)、秀吉は1598年(62歳)です。』 「指月集」にはこの話と対になった「朝顔の花を一輪入れる」逸話もありますが、これはのちほど。

 「紅梅一枝と大鉢」の逸話において、一枝を大鉢に生けるのは難題で、せいぜい寝かせて投げ入れるしかないだろうという前提が秀吉にはあったかもしれません。秀吉に取り立てられた筆頭の茶頭としての力量を利休は問われたわけですが、厳しい問ではあります。そこで利休は躊躇することなく紅梅一枝を逆さにし、しごいて満面に水をたたえた大鉢にまいた。大鉢の水面は蕾と花びらでふさがれ全く新鮮な風情に転換させられた。秀吉はともかく周囲の者も仰天するしかなかったであろう。

 その場を傍観者(逸話作者を含めて)として見れば、利休の大向う受けをねらった芝居じみた行為に見えなくもない。つまり紅梅一枝と水を張った大鉢を道具立てとして、主君秀吉から「本当の自分を生けてみよ」と挑発され、即座に大鉢の水面をおおった「これらの蕾と花びらすべてが本当の自分です」と無言で答えた。その光景のあまりの見事さに秀吉は、利休の荒々しい動作を忘れて感心するしかなかった。秀吉は眼前の光景にだけ惹きつけられて利休の本意が見抜けたのかどうか。

 つぎに「朝顔の花を一輪入れる」逸話。まだ、朝顔の咲く季節ではありませんが「梅花一枝」の逸話と対になっているようですので。

ある日、秀吉は利休邸の露地に朝顔がみごとに咲いていることを聞きつけ、朝顔を趣向として茶会を催すように利休に命じた。ところがいざ出かけてみると、露地には朝顔など一枝も見当たらない。秀吉は興ざめして茶席に入る。すると朝顔の一輪だけが小座敷に生けてあった。秀吉をはじめ供の人々も目が覚めるような心地がし、秀吉は上機嫌になった。

これが「朝顔の茶会」の逸話です。この話もまた、秀吉は眼前の光景に魅せられ利休の審美眼の確かさに脱帽しただけで、利休の本意を了解したのかどうか。この二つの逸話からは、一は多に通じ、多は一に通じるという「一即多」「多即一」の論理が連想されます。「梅花一枝」の逸話において「一即多」が語られ、「朝顔の茶会」において「多即一」が語られているようにみえます。少なくとも逸話の作者のねらいは、茶聖・利休の美意識の高さを称揚するだけではなくて、理論的にも確かなものがあることを証言したいようにも思われます。しかし、作者はともかくその逸話の元を語った三代目・千宗旦も利休の真意をどれだけ汲み取っていたかどうか吟味する必要があります。以下次号。

3月17日 (T

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