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2011年4月 6日 (水)

あとがき(2011/3/15)

        事 務 報 告

219日(土)事務局・西安寺にて世話人会開催。会報「希望」第248号製本発送。

312日(土)「北九州がんを語る会」設立20周年記念フォーラム、ムーブにて開催。ご協力ありがとうございました。

あなたらしく生きる

  あ と が き  

当地の桜の開花は暖冬傾向にあった例年より遅れそうな気配です。一月の寒さが影響しているのでしょうか。12日の20周年記念フォーラムには40名弱の参加者があり、世話人一同ホッと胸をなでおろしたところです。ご体調が芳しくないとうかがっていましたが、懇親会まで御足労いただいた波多江伸子さんに感謝申し上げます。

 周知の通りフォーラムの前日11日には東北・関東地方で未曾有の大地震・大津波がありました。いつでも、どこでも我が身に起こり得る災難を自分自身のこととしてどう受け止めるかについては再三述べてきましたので改めて付け加える事はありません。この災難を契機に私は何者であり、どういう場所に生かされ生きているのかを問い直す人が輩出することを願うのみです。

 「災難に逢(う)時節には、災難に逢(う)がよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是は災難をのがるる妙法にて候。」これは良寬和尚(17581831)の晩年の言葉です。文政11年(1828)11月12日に起きた越後三条大地震を近くで体験した時に、知人に宛てた見舞い状の一節です。世情の荒波からは一歩退いた出家遁世・悟達の生活を送った良寬が、自己存在の高い境涯から吐いた非情の言葉だと誤解されそうですが実はそうではありません。禍福の渦巻く此の世界の底なき根底は同時に絶対的救いの場です。良寬の一見非情とも思われる言葉は、テレビを通じてとは言え惨状を目の当たりにした私たちの立っている、いまの今、ここの此処において直接に響いてくる言葉です。いま修羅場と化した現場の被災者はもちろん救援活動に邁進している人たちには、現状肯定の傍観者の非情な言葉として響くかもしれませんが、私心を去って耳傾けると直接にその厳しい言葉の裏側から哀しみと慈愛にみちた声なき声、言葉なき言葉と化して響いてくるのではないでしょうか。突然に先立たれた被災者の人生の結末は悲惨なままで円満であると言えましょう

人間中心の価値観を追い求めている者にとっては大厄災に違いありませんが、対する自然には全く敵意はなくその活動の一環として自ずから然らしめただけだということも言えます。それゆえ自然との和解を祈るばかりです。 3月24日 (T)

北九州がんを語る会

事務局 〒803-0851 北九州市小倉北区木町2-12-34

西安寺 玉水秀孝()TEL093561-5320

HPアドレス

http://ctnk7460.cocolog-nifty.com/nozomi/

(会費振込先)口座番号01760-1-83497

加入者名 北九州がんを語る会

郵送の場合は、玉水へ

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