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2010年9月 2日 (木)

あとがき(2010/1月号)

✤✤ あ と が き 

寒中お見舞い申し上げます。

今日は大寒。暮れから正月にかけて寒波襲来で今年はどうなることかと思いましたが、4,5日間の周期で暖かい日と寒い日が交互にやってきて今日はたまたま暖かい日でした。こうなると体調管理がたいへんです。どうかお気を付け下さい。

庭の紅梅白梅の蕾はまだかたいのですが、今年はすこぶる出来がいいようです。これからが楽しみです。それにひきかえ、椿の花は例年より早く咲きだしましたがいきおいが足りません。去年かなり刈り込んだせいでしょう。来年はまたいきおいを盛り返して目を楽しませてくれることでしょう。

政権交代してはや4ヶ月が過ぎましたが、総選挙の時のマニフェスト通りにことは運んでいません。一部の指導者の不始末も影響しているようですが、社会的弱者やいわゆる庶民に対して媚びたマニフェストだったことが一面あやふやなことになったのかもしれません。一握りの政治的・社会的権力者に対する多数の弱者・庶民の為のマニフェストだとしたらやはりいびつなものにならざるを得ないでしょう。かりに一般大衆が権力を自分の手に握ったらいつでも強者になり得るし、これまでの強者は弱者になってしまいます。権力者はともかく一般大衆・庶民とは何者かという問いもやはりきちんとしておかなければならないでしょう。いくら民主主義とか主権在民とかいっても漠然とした庶民では困るわけです。万が一取り返しのつかない失敗をした時の責任は誰が取るのか、一般民衆・庶民の間にも中心と周辺という関係は残念ながら厳然とあります。烏合の衆による集団無責任体制は封建社会の専制政治にひけを取らないものとなるでしょう。

結局、強者も弱者もふくめて、他律主義ならぬ自律主義を標榜する近現代のヒューマニズムの弱点は「人間とは何か」「私とは何か」という問いを性急に不問に付して、あらためて問う必要のないものとしたところにあると思われます。強者ならぬ強者、弱者ならぬ弱者、悪人ならぬ悪人、善人ならぬ善人としてそれぞれに同一の底辺におかれてあるという認識を曇らせているように思われます。この会報の表紙には「あなたをひとりぼっちにはしない!」と毎号あきもせず掲げてあります。私はどこまでも私であり、あなたはどこまでもあなたでありつつ、同じ存在の低みにおいてつながっているという思いを表明しているのです。

今年もまた「待ちつつ急ぎつつ」困難な課題に向かって生きて行きたいですね。

2010年1月20日(T)

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