« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月に作成された記事

2009年1月17日 (土)

早春賦(平成21年己丑)

早春賦(平成21年己丑)

希望会員 田中七四郎

  松の内森の大気の初々し

  初景色同行二人で峠越ゆ

  猪に生かされており初ぬたば

  やり過ごすねばならぬことなし初御空

  お降りや街は静かに明けにけり

  森へ入る処女地に抱かれ膝寝かな 

  七草や棚卸しして清々し

  絨毯の落ち葉踏みしめ山眠る

  赫々たる成果収めえず梅未だ

  震災忌あるべきようはに耳すます

  咳止まず我が家のお経送り出す

  初地蔵にこり笑って離れけり 烏有

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

駆けっ句365日生き急ぎ 烏有

「駆けっ句365日生き急ぎ」

烏有

烏有(ウユウ)

本名:田中七四郎(タナカシチシロウ)

1943年(昭和18年):10月、

東京都渋谷区

1968年(昭和43年): 4月、 富士通株式会社入社、システムエンジニア職従事

1993年(平成 5年): 1月、 駆けっ句スタート   8月、 胃がん手術

2000年(平成12年):12月、 富士通株式会社役職離任により退社

コーポレイトソフトウェア株式会社入社

2002年(平成14年): 7月、コーポレイトソフトウェア株式会社退社

睦月ノ巻

睦月某日初日の出けさはきのふのよみがへり

睦月某日・初夢や小さき別れ目覚めまで

睦月某日・走りつつ的の定まらぬ流鏑馬かな

睦月某日・朝日射す白蓮の間の淑気かな

睦月某日・初春や攻でまとめむ子年かな

睦月某日・ともかくも森へ仁義の年賀行

睦月某日・匂ひ立つ森の霊気の触れ初めし

睦月某日・お説教妙好人と年明くる

睦月某日・おさおさとアオキ冬芽の仕込みかな

睦月某日・歩き初めけもの道跡乱れけり

睦月某日・酔眼を花眼に振り替ふ注連明けかな

睦月某日・やり過ごす勇気を持たむ鏡開き

睦月某日・粛々と決断うながす春の雨

睦月某日・決断を先伸ばしして冬ぬくし

睦月某日・成人の日大股で歩む和服かな

睦月某日・松が過ぎ無用の用が足るを知る

睦月某日・どんど焼き横目で過ごす札納め

睦月某日・薮入りや畏る畏るる森へ入る

睦月某日・ぶっちぎる赫々たる成果や初観音

睦月某日・冬ざれやかぜのそよぎに景となる

睦月某日・新年や亥のヌタバに水の張り

睦月某日・遥拝や落ち葉踏みしめ森へ入る

睦月某日・物の怪の過ぎたる跡の年新た

睦月某日・引かるば押し押さるば下がるの年の春

睦月某日・ありがたき貧しき頃の寒卵

睦月某日・赤烏帽子亭主の好きなちゃんちゃんこ

睦月某日・段取りを付けて秘すれば冬ぬくし

睦月某日・子年又それもよからふジョークあり

睦月某日・手の内を見せて励ます落ち葉焚き

睦月某日・冬枯れや朝陽の当たる峠かな

睦月某日・吾レのため秘すれば花の一月尽(つづく)

http://homepage1.nifty.com/tanakas/uyuu.htm.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

患者さんの気持ち

「患者さんの気持ち 看護師さんの気持ち 

お医者さんの気持ち」より抜粋NO.11

-患者さんの気持ち¯                        (企画・編集 宮崎大学医学部)

リウマチになって50年近く何度も死にそうになったけれど

お医者さん 看護師さん 家族 友達

みんなのおかげで まだ生きています

まだまだ 迷惑かけるけどこれからも頼みます

そしてありがとう・・・・

お世話になってる皆様への気持ち batuko550歳・女性)

辛い苦しい気持ちは分かるが

何くそとリハビリに励んで欲しい

人生こんな状態で笑ていられるかと

つい愚痴や暴言が出る甘えと分ていますが

気を使い過ぎず手をかし過ぎず

自分で出きることはしてもらう

それがリハビリですから笑顔が見られると私も救われます

家族から患者への気持ち 匿名(女性)

先生余命の宣告は一年にしてください。

一枚の水彩画を孫やその子に残したい。

 DNAを継いでくれてありがとうのメッセージを添え。

三年の余裕があると、大作や油絵や陶芸へと、欲が出そうです。

居間に控え目に飾れる水彩画がいいです。一年前に教えてください。

 医師への気持ち ふじわら(75歳・男性)

いつもお世話になりありがとうございます。

ご飯の用意も自分でできたりできなかったりで

迷惑をおかけしてごめんなさい。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

椎 阿佑美(21歳・女性)

「お腹の痛み」

 問診あれど触診なし!?

  それでいいのって思う。

医師への気持ち 山辺弘江(女性)

いつも変わらない笑顔で接してくださる

先生の検査結果の報告を聞きながら

  ありがとうございますと

思わず大きな声を出した自分にびっくりしました。

 忙しい先生のご健康を祈りつつ病院をでました。

  リハビリは つらいと言えず 笑顔かな

 医師への気持ち 幸(71歳・男性)

私の主人は脳内出血で入院しており 又左足を折ってしまいまして

ベッドでねたきりでまるでマナ板の鯉みたいなものです

何も食べさせられません 又肺炎までわずらってしまい

どうしてやることも出来ません 話もしません

字を書きますがどうしてよいのやら

主婦から病院の先生への気持ち 匿名(69歳・女性)

<A. ありがとう>

今年の春、入院していた母が亡くなりました。

長期にわたる闘病生活の間、いつも明るく、温かく励ましてくださった

看護師の皆様、本当にありがとうございました。

心から感謝申し上げます。

患者の家族から看護師への気持ち 匿名(46歳・女性)

次号へつづき

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あとがき(2009/1/15)

☆事 務 報 告

                                             1220日(土)事務局・西安寺にて世話人会開催。会報「希望」第222号製本発送。、

                                             会報の製本等、お手伝いしてくださる方、事務局までご連絡下さい。

あなたらしく生きる

  あとがき  

寒中お見舞い申し上げます

新しい年を迎えてはや月半ば。ここ数日は寒い日が続いています。昨日は移り変わりの激しい天候の一日でした。昨年の目まぐるしい世相を象徴するような荒れようでした。皆様はどのような気持ちで正月を迎えられましたか?

梅の花はまだ蕾ですが、椿の花が咲き出しました。晴天の穏やかな日にも、昨日のような荒れた日にも凛として咲き、時期が来れば潔くぽとりとおちて自らの役目を終えていく光景に心動かされます。

禅のことば(公案)に「無情説法」というのがあります。「無情説法不思議/若将耳聴終難会/眼処聞時方得知」(むじょう説法不思議/もし耳をもって聴かばついに会し難し/げんしょに聞く時まさに知るを得ん)─無情説法とは不思議なものだなあ、草木や石ころなど、人間的な情の無い物の無言の説法を聞いてこい。それは耳で聴き、眼で見ようとしても判るものではない。眼で聞き、耳で見る時、はじめて知るであろう─と、一応こういうことなのですが、普通の常識からしたらつじつまがあいません。非常識(非情識)というほかありません。とにかく、私の全感覚を研ぎ澄ますことで眼と耳が一体となり、私の眼前に咲いている椿の花のありようを対象的に見て、椿の花の無言の説法を聞けと言っているのだと解せないこともない。しかしそれでは「眼で聞く(耳で見る)」と強調されていることのねらいがわからない。本当に聞く(見る)とはどういうことか。

すなわち、聞かずして聞き、見ずして見るまさにその時、その処で直接に知らずして知る─それが無情説法である。椿の花と私がぴたりと一つになった「今、ここ」が無情説法(若将耳聴終難会・眼処聞時方得知)であるということ。言い換えるなら、私が椿の花を傍観的に眺めている限りでは無情説法を「見・聞・覚・知」したことにはならないということ。孤立的に私を先立てて思慮分別している限りでは何ものにも出会うことはできないし、迷妄の生を送るのみ。私の思慮分別を先立てることを断ち切って、「今ここ」を無心に生き切ること、それが無情説法に出会うことであり、その生き方そのものが無情説法であるということ。

難しいもの言いになりました。大事なことなので来月また。

2009115日 (T

北九州がんを語る会

事務局 〒803-0851 北九州市小倉北区木町2-12-34

西安寺 玉水秀孝()TEL093561-5320

HPアドレス

http://ctnk7460.cocolog-nifty.com/nozomi/

(会費振込先)口座番号01760-1-83497

加入者名 北九州がんを語る会

郵送の場合は、玉水へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »