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2008年10月に作成された記事

2008年10月29日 (水)

患者さんの気持ち

「患者さんの気持ち 看護師さんの気持ち 

お医者さんの気持ち」より抜粋NO.

-患者さんの気持ち¯                        (企画・編集 宮崎大学医学部)

俳句

「犬ふぐり 小さな花よ 星しずく」

「犬ふぐり 夜星となりて てらせ日本」

こわい夢あれは夢だと思ったが。

梅匂う巣立つ小雀親をまつ

わたしからみんなへの気持ち

石塚あかり(30歳・女性)

病棟主治医の先生へ。

検査をしても結果を絶対に教えてくれなかったですよね。

今の医療現場の常識でしょうか。

宣背が非常識なだけですか。

患者の気持ちを考えろ。

匿名(33歳・女性)

「昼間の造化が夜間は生花に変わる」

 怪我を負った当初、見舞い客はもちろん、医師、看護士、介護士など

来室する全てが決まって、

「菊池さん気を落とさずに頑張ってください。落ち込んだら駄目ですよ」

そうはげましの言葉をかけられるたびに、作り笑顔を見せ、

夜、眠ってしまうと回復した身体が自由に動く姿を見た人は皆が皆、

「頑張ってよかったですね、すごいことですよ、これは」

と感嘆の声を挙げる。そして、夢とわかって落胆。こんな毎日であった。

四肢麻痺身障者 菊池誠一(62歳・男性)

不安発作がどんなに苦しいかわかりもしないで

夜間診療なし

以前の病院へ行け、は、

 ひどすぎるわ

おぼろ(58歳・女性)

「痛いのは、体の他にフトコロも」

“大変高い国民健康保険料を払った上に、3割もの自己負担分が必要です。

毎回の診察の際に支払う数千円は結構痛い額です。”

藤原正三(70歳・男性)

先生に退院する前に病気の資料がほしいと言ったら

外来に来たときと言われ

外来に来た時に言ったら本は売店に売ってあると言われ、

わかってくれなかった気持ちはショックだった。

こんな気持ち二度としたくない。

匿名(40歳代・女性)

後縦靭帯骨化症で難病と言われてから十年過ぎました。

私の担当医は大学病院の脳外の医師でした。

力が入らなくなり落ち込みましたが外に目を向ける事

薬は益な面と害の面もあるので自分で考えて飲む事と言われました。

今でも指示通り薬を減らす毎日です。ありがとうございました。

今あるのは先生のおかげです。

真摯な医師への気持ち 江平悦子(66歳・女性)

次号へつづき

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2008年10月28日 (火)

「ゆうにゆうに まあるくまあるく」を読んで

「ゆうにゆうに まあるくまあるく」を読んで

玉 水 秀 孝

この本の著者、末永和之さんと当会とのご縁は、1992126日「北九州がんを語る会」設立大会開催の折、記念講演の講師としてお出かけ下さったのが最初です。当会の前身である「行橋がんを語る会」が故・浜口至さんのご尽力で設立されたのが1990624日ですから、行橋市で産声をあげてからおよそ1年半後の出来事でした。

当時のご講演の内容を詳細には憶えていませんが、この本の最初に触れられている詩人・岡博さんとの出会いが末永さんの医療者としての進むべき道を決定づけたこと、それは鮮明に記憶しています。私はその当時の記憶を蘇らせるべく「ゆうにゆうに」(ゆっくりゆっくり)拝読させていただきました。

「はじめに」において述べられているように「本来、ホスピス・ケアとは、病む人が自分らしく生き、自分らしく最後を迎えることができるように支援することであり、目の前の悩める人々へ手をさしのべるという社会運動」だったものが、いつしか医療機関のケアの一部分として特化されているのではないかという危惧を感じておられるのに、眼を開かされた思いがします。このことは、この本の構成に如実に表れていて、「いのちの輝き」「日本の精神性といのち」「いのちと脳とこころ」「がん医療と緩和ケア」「いのちの残照」という具合に、『人間であること』『人間として生きること』すなわち『人間存在の意味』のもとにある独一無比の「いのち」に思いを凝らし、心を尽くすことがホスピス緩和ケアの原点にあることを繰り返し説かれています。

従来の医療は、病気の診断や治療に際し、他の動物や生物と共通の、さらに生命科学の対象になるような『生命』に局限して行われてきたことは周知の通りですし、医療者も患者も同じ思いでしょう。しかし『生命』と区別される「いのち」と言われる時は、科学の対象とはなり得ない質的に飛躍した人間存在の根本にある「いのち」が含意されているように思われます。前者からは『闘病』という発想しか出てきませんが、後者からは『病との共生』という発想も生まれてきますし、死を敗北と受け取らず静かに受け入れることも可能でしょう。

このあたりの患者の微妙なこころの「ゆらぎ」が、岡博さんの詩の一字一句と余白にこめられているようです。

「神社で手を合わせる/寺院で手を合わせる そして/道ばたの/野佛には心のなかで…病に/克てますように 治りますように そして最後に/(小さく)/静かに死ねますように」

この岡さんの思いを全人的に受けとめて、看、護るのが医療に従事する者の本来の使命ではないかということで、緩和ケア医療に先駆的に取り組まれたのが末永さんであると思います。

人はそれぞれに人生観も異なるし、生活環境(歴史的・社会的)も異なるわけですから、西洋キリスト教精神に裏付けられたホスピスケアをモデルとしながらも独自の道を歩まなければならない。ここに末永さんの苦心もあるだろうし、しかし常に人と人との関係の原点(現点)に「いのち」と「いのち」のつながりが無条件にあることを洞察なさっているように思われます。ホスピス緩和ケアは、治療(キュア)が困難になった者にのみ施す行為・施設ではないということ、これが「今一度、ホスピスの意味を問う」と副題に控え目に添えてある末永さんの真意ではないでしょうか。この自然な流れの中から「認定施設での緩和ケアの提供だけでなく、有床診療所や地域の診療所と訪問看護ステーションとの連携のもとでの在宅緩和ケアの提供、あるいは緩和ケアチームによる一般病棟でのケアの提供、デイホスピスの提供など、幅広い形態で広がっていく必要があります。」と主張される所以でしょう。

さいごに、私がもっとも心動かされたことばを掲げて拙い読後感想を終わりたいと思います。

《看取られる人はその生き様、死に様を通して「いのちとは」ということを身をもって教えてくれているのであり、看取る側はその教えから、「いのちとは」、「死とは」、「生きるとは」ということを学ぶのです。そして今、看取る側であっても看取られる側になることに気づき、どんな看取られ方をしたいか、そのためにはどんな生き方をしなければいけないかを考え、生き方を真剣に考える。看取られる側も看取る側も、共に死にゆく存在であるがゆえに死を共有する。このことが「死」を通じての教えであり、「死」は「生」の教えであり、生死が紙の裏表であるといえる理由です。》

「ゆうにゆうに まあるくまあるく」 200881日 木星舎 刊

末永和之(山口赤十字病院 緩和ケア科部長)

20081017

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あとがき(2008/10/22)

✤✤ あ と が き ✤✤

 晴天続きでしたが久しぶりに雨模様となりました。少しほこり臭いようです。今年は台風の襲来がなかったので、銀杏の枝がたわわに実っています。風が吹くとバラバラと音をたてて落ちてきます。枝の下にぼんやり佇んでいると頭に落ちて、実がはじけて独特のにおいを放ちます。実りの秋にも色んな風情があります。また、日中は暑く朝方少し冷えて、油断すると風邪をひきかねません。どうかご用心下さい。

 先日の例会でも話題になったことですが、とくにがんの場合医療費の自己負担が重くのしかかってきます。末永先生のご本によると、「薬価や医療機器の価格は高額に規制されてい」る反面「差額ベッドなどを加えた日本人の実質負担はアメリカを抜いて世界一となっており、最低に抑制された総医療費水準と比較すると」日本の医療政策は矛盾だらけだということです。先日も電話相談があったのですが、手術をしたあと抗がん剤治療を受けていたが効果が芳しくなく、これ以上適切な治療を続けられないので退院を勧告されたとのこと。いわゆる「がん難民」になったと訴えられていました。このような苦境に立たされた最大の原因は、厚生労働省の医療法改定にあるようです。しかし、がん対策基本法の制定によって、身体的にも精神的にも苦境に立たされたがん患者のために、北九州市立医療センター内に「がん患者相談支援センター」が設置されているとのこと。お困りの方は是非お出かけ下さい。                          1022日 (T

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