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2008年8月21日 (木)

特集(杉本栄子さんのことば)

        杉本栄子さんのことば

                                

                    あらき まりこ

水俣病患者の語り部、杉本栄子さんが亡くなられたことを今年の2月29日の新聞で知りました。「脳腫瘍のため2月28日に死去」とありました。私は、この杉本栄子さんの名前を強い印象とともに記憶しています。それは、一昨年の4月に福岡で行なわれた「水俣病シンポジウム」に、私も参加したのですが、その時に、ある質問者に対して投げかけた彼女のことばが非常に強烈だったからです。私はなんだかすごく大きな力のようなものでがーんと目覚めさせられたような気がしてなりませんでした。その時会場に居合わせたおおぜいの聴衆の一人一人も、なんらかの形で心動かされたものがあったのではないでしょうか。その数日後の朝日新聞の小さなコラムに「迷う人たちをひきつける水俣病の語り部」という見出しでこの日のシンポジウムで起こったことがとりあげてあって(宮田富士夫記)私は、ああ、やっぱりそうだったんだ、と思いました。

そのコラムの記述にも助けられながら、あの時、あの会場で何が起きたのかをちょっと説明したいと思います。シンポジウムでは、明治大学の栗原彬さんもシンポジストで、私がこの会に参加しようと思ったのは、彼の話が聞いてみたいと思ったからです。その数名のシンポジストのなかの一人が杉本栄子さんでした。それぞれのシンポジストの話が終わり、残り少ない質疑応答の時間になって、2人目の質問者が水俣病問題とは全く関係ないふうに突如として、「私は鬼のような人間です。こんな私でも変わることができるのでしょうか」と言い始めたのです。詳しい事情は分かりませんし、なぜ自分を鬼のような人間と言い、なぜ病院に受診して薬を飲み、迷いながらやっとの思いでここにやってきたのか、質問者の意図や状況が全くつかめず、聞いていた私も、一体何が起こったんだろうと唖然とした感じで居ました。するとすぐさま杉本栄子さんが発言なさったのです。「あなたはもう変わっていますよ。たくさんの人がいるところで自分をさらけだして質問ができたじゃないですか。変わっとらんならできんですよ。」という彼女の堂々とした力強い、しかもやさしさに満ちた声が会場を貫いたのです。私はその途端、初めて質問者の苦しみの深さに気づきました。そして質問者の発言を、場違いな気がしていらいらしていた自分を思い切り恥ずかしく思いました。杉本栄子さんは、水俣の漁師の網元の家に生まれ、母親が水俣病第1号の患者として世間に知られ、この病気は当時原因不明とされたために、伝染病などと勘違いされて、いわれなき差別を受けながら家族ごと苦しみ抜いて生きてこられた方です。強い絆で結ばれていたはずの集落から村八分的な扱いを受け、それでも人を恨んじゃいかん、仕返しなどしてはならぬ、人間として生き抜け、という父親の教えをひたすら守り生きてこられた彼女にしか到達し得ない強靭でかつしなやかな精神が、シンポジウムのその時のことばのなかに、確かに息づいていると私には強く感じとられました。先ほどのコラムの後半にも、こう書いてあります。「杉本さんは水俣病で入退院を繰り返すなど長い間苦しんだ。最初の水俣病裁判の原告になったため、集落で孤立させられもした。心身とも傷つきながら水俣病を受け止めることで、生かされているありがたさを実感するようになった。『水俣病は私の財産』と言い切る。杉本さんになら自分の悩みを打ち明けられる、受け止めてもらえる、という雰囲気がある。」と。

私は日頃、看護学の教育や研究に携わり、人をケアすることはどういうことかをひたすら考え続けているようなのに、何にもわかっていないんだなあ、とつくづく思いました。本を読んだり、まとまった文章を書いたり、学生に「ケアすること」について語ったりしているうちに、人の心の機微のようなものがかえって見えにくくなって、どんどん理屈っぽい人間になっていっているのではないかなあと自分を省みました。でもなによりも、杉本栄子さんの人間としての真実、生きることへの真摯な向い方が素のまま伝わってきたそのことそのものがすごく新鮮で、こういう人の、こういうひとことを、あの時、あの会場で聞けたことがわたしにとってはなんて幸運だったんだろう、と思います。あの杉本栄子さんのことばを基準に考えてみると、今のこの世の中は日常的に、あまりにも空疎なことばが行き交うことが多いんじゃないかなあと思えます。あのシンポジウムを機に、やっと杉本栄子さんという「人」に出会えたと思ったのに、数年も立たない内に訃報を聞いて、私は急にさびしくなりました。きっとあの時の彼女のことばは私の中でいつまでも生き続けて、相手のことがさもわかった気になりがちな私の「驕り」を戒め続けてくれるような気がしています。杉本さんありがとう。                              

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