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2006年12月に作成された記事

2006年12月15日 (金)

故浜口至代表をしのぶ会報告

故浜口至代表をしのぶ会

-患者、家族が医療者と普段着でがんを語る-

日時:2006129日(土)13:3015:30

場所:北九州市小倉北区大手町11-4  

会場:ムーブ(男女共同参画センター)

主催:「北九州・行橋がんを語る会」

  遠方より故人にゆかりのある方々、そのご家族のみなさまなど20名近くの方々にお集まりいただけました。  

☆要約

①部屋の正面には故人の在りし日のカラー写真とお花、ピアノ演奏と和やかな雰囲気の中から始まりました。

②世話人紹介の後、参加されている方々の自己紹介がありました。どなたからも故人との忘れ得ない貴重な思い出話しをお聞きすることができ参加のみなさまには喜んで頂け、今日の機会を設けることができてよかったと感じました。

③現在熊本県八代在住の奥様より参加された方々へのお礼のメッセージ及び、故人の略歴、会での活動実績などが世話人より紹介あり、その後故人の生前のメッセージのいくつか又、2年前の故人80歳記念講演会時の肉声録音などがピアノ演奏「しかられて」と一緒に再現されました。

④「希望」に投稿していただいた方々からの故人への追悼文朗読(ご本人&代読)があり、故人を静かにしのびながら参加者同士が語り合う時間が持てました。参加者より、今後会へ期待することなど貴重で前向きなアドバイスがあり、その間「冬景色」をピアノ伴奏の下参加者皆で歌いました。

 当日はあいにくの雨で足元が悪い中、福岡、行橋、北九州近辺などから多数ご参集いただき感謝申し上げます。ピアノ奏者、井上わか葉様には雰囲気に合わせた素敵な唱歌、童謡をたくさんメドレー演奏していただきありがとうございました。

 会の代表を失って残された世話人一同は、舵を失った船のように大海をさまよっています。今後、故人の「思い、遺志」を世話人一同よく勉強理解しながら、例会の開催、会報の発行などを肩肘張らずに続けていく予定です。会の活動を通して患者さん、ご家族の方々、医療従事者の方などと情報を共有し合いながら一隅を照らしていきたいと考えています。どうぞ皆様にはこれまで以上のご支援お力添えを賜りたく、よろしくお願い申しあげます

    外は雨内なる展がりしのぶ会 烏有      (文責 田中七四郎)

       「北九州・行橋がんを語る会」世話人一同

                                    

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「浜口至代表をしのぶ会」に参加して

2006/12/13

「浜口至代表をしのぶ会」に参加して

池 芙美子

 小さな雨が降る129日の午後、ムーブで1415人の方々が集まり浜口さんとの思い出が語られました。

ステキなお花とピアノ演奏、そしてお元気な頃の浜口さんの写真を前にして、出席された方々と浜口さんの出会いやお交りの様子、活動の内容、感想などが語られ、皆さんのお話を聞いていると、浜口さんもこの会場に居らして、微笑みながらうなずいていらっしゃる様な感じさえ受けました。

それぞれの立場から浜口さんとの接点が語られ、浜口さんの生き方、考え方、情熱、北九州医療センターにおける緩和ケア病棟設立へのお働き等、歩んで来られた道程が明らかにされ、クローズアップされました。

「私心のない人」「目線は低く、志は高い人」「静かに話を聞いてくれる人」等・・・。

私も会員ではないけれど御指導を受けた1人として、しのぶ会に参加し、皆様の浜口さんに対する思いを共有、共感することが出来て、私の心の中にあるホスピスケアへの想いを今一度、深める必要性を感じました。浜口さんの想いは、今も皆の心の中に生きていて、受け継がれていくと感じました。

世話人4人の方々の企画、準備して下さり浜口さんをしのぶ事が出来、出席出来て、本当に嬉しく感謝致します。

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故浜口至代表をしのぶ会」に参加して

「故浜口至代表をしのぶ会」に参加して・・・

                          大山 恵子

2006129日(土)13:3015:30に北九州・行橋がんを語る会主催の「故浜口至代表をしのぶ会」(以下しのぶ会と略す)が、小倉北区大手町ムーブにて行われました。

「しのぶ会」には、4名の世話人の方と20数名の参加者がありました。

浜口さんが生前愛唱された小学唱歌のメドレーをピアノの生演奏でBGMとして取り入れながら、まず参加者一人一人が浜口さんとのふれあいの思い出語りを行いました。

浜口さんと直接お会いになった方もいらっしゃいましたし、機関誌「希望」を通じてのふれあいの方、電話でのふれあいをなさっていた方もおられました。皆様の貴重なお話を聞かせて頂き、やはり、強く感じた事は、「浜口さんは本当に懐の深い愛情の持ち主でいらしたのだ」という事と「優しさと共に何事にも動じない強さと粘り、緩和ケアへの強い情熱と信念を持っていらしたのだ」という事でした。

今回、「しのぶ会」に参加したことで緩和ケア病棟が医療センターに出来るまでの浜口さんのご苦労とご活躍を知りました。コツコツとほんとに最初はたったお一人で、まず、隣の人に声をかけていくように地道に緩和ケアの必要性を医師に説き、理解を求め、必要であれば政治の場にも臆することなく出向き、もの静かな、しかし、信念に燃える訴えを議会の場で行ったとのことでした。また、生前の浜口さんの講演のテープも聴かせていただきました。浜口さんの独特なハスキーボイスが深い情熱を秘めながら会場に流れました。すすり泣く声も聞かれました。私も涙を抑えることができませんでした。「なつかしい浜口先生の声、あぁ、いつだってハスキーな声で、大山さん、継続は力なりだよ。がんばろうね」って励ましてくださっていたなあと思い出しました。浜口さんは、「継続は力なり」をその生涯を通して実践された方であると思います。そのご尽力には頭がさがります。ほんとに壁も垣根も何もない方で、私のような若輩者にも、わかりやすく、何でも、くりかえしお話してくださいました。あんなにいろいろとお話ししたのに、思い出されるのは「継続は力なり」と「その場、その場で与えられたところでがんばれば良いんだよ」という言葉です。

浜口さんと始めたMF(メディカル・フレンド)ホスピスケア研究会は、私の体調の問題で継続が不可能になりました。私たちの小さな小さな芽をとっても大切に思ってくださり、育ててくださっていたのに、研究会を閉鎖してしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。浜口さんは、もっともっと体調が悪い状態でがんばっていらしたのに・・・。でも、閉鎖する事情をお話するときも、優しく包むように励ましてくれました。会を続けられなくても、緩和ケアへの情熱は変わらないからとそれもまた継続は力なりだと話してくださいました。幸いに大山さんは、医療の現場にいるのだから、その気持ちを持って看護に励んでくれたら良いのだからと言ってくださいました。自分が、今、どれほど実践できているかはわかりませんが、

緩和ケアの心を持って一般の病棟でも透析室でも患者様とかかわっていける看護師でありたいと思います。

 

 思い出は尽きないのですが、浜口さんの意志を継いでいくこともまた残された者の勤めではないかという提言もなされました。どのような会であっても続けていくことの難しさを私は自分の体験として知っています。

「継続は力なり」の実践をすることは、浜口さんのような強力な牽引力を持つ人だからこそではないかしらと思ったりもします。そんなこと言ったら浜口さんに「しかられて」しまいますね。残されたみんなで作り続けていかなくてはならないのですよね。ある方の浜口さんのエピソードの中で、童謡の「しかられて」を浜口さんが愛しておられたと聞きました。

「しかられて」お使いに行かなくちゃなりません。浜口さん、浜口先生、

天国からハスキーボイスでしかってください。しっかりしろってしかってください。「しのぶ会」で改めて浜口至代表の大きさを知ることができました。

 このような催しを企画してくださいましたすべての皆様に感謝しております。ありがとうございました。

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