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2006年11月20日 (月)

        病む人の世界に通じる道を探して

        病む人の世界に通じる道を探して

                   あらき まりこ

 「病いの意味-看護と患者理解のための現象学-」(S.KAY TOOMBS著、日本看護協会出版会)は、現象学的用語のとっつきにくさはありますが、病む人の世界がよく語られている本です。著者自身が多発性硬化症という病者体験のただなかにありながら、病むことの意味を説き、それを医療者側が理解することの大切さがこめられています。

 病む人へのケアに際して最も求められることは、ケア提供者が、たとえ病む人の世界そのものに入り込むことは難しくても、どこかそこに通じる道を丹念に探していくことだと私は考えています。たださしあたり(いつ病気がふりかかるかわからないのですが)健康的な日常を送っていますと、病者の世界は遠のいていきます。しかし健康的な日常であっても、実は非常に「危うい健康」の上に成り立っているものであることを意識する機会さえ与えられれば、少しだけ病者の世界に近づくことが可能になると思うのです。私は、看護教育に携わるなかで、いつもそのことを考えます。学生が、食べたり排泄したり、難なく動いたりという自らのありふれた日常を基盤にしながらも、どうしたらそこから病む人の感覚を実感できるような機会を、教育の力で作り出せるのだろうかということを、です。

 先程の本には、病者の世界が次のように記述されています。

 「病気を体験すると、生活空間のありようが変化する。普通の状況での運動は空間を絶えず広げるが、そのことで、人は自由に位置を変えて、世界の内にある諸対象に向かって移動する。病気や衰弱は、人を『ここ』につなぎ止める力が働く。私がインフルエンザで胃をやられてベッドで臥せったり、術後に病室へ閉じ込められると、自分の世界が具体的に(ベッド上、自分の部屋、自宅などに制限される)狭まることを経験する。『ここ』に閉じ込められると、自分と周囲の事物との距離が遠のくという感覚を生む。身体的状態が変化すると、それまで『近い』と思っていた物体や位置が『遠い』と感じる体験をする。たとえば健康なとき、ベッドに『近く』にあると思っていたトイレが、病気になると『遠く』にあるような体験をする。友人も同僚も遠ざかり、職場ははるかかなたの『世界』のように思われる。」(p.136

 こういう感覚は、このような文章を読んだり、人から話を聞いたりすることで一応の理解はできるとしても、しみじみ実感できる域には達しないと思われます。余程似たような実体験をもつ人なら別でしょうけど。

 私はやはり自分のからだで感じてみる機会を増やすしかないと思っています。看護を学ぶ一年生は初期のうちに患者の「病床での動き」の援助を学ぶのですが、その真っ先に出てくる演習項目が「枕の出し入れ」です。えっ、枕の出し入れみたいなものまでわざわざ学ぶの?と思われるかもしれませんが、テキストにもちゃんと入っています。そして私はこんななにげない枕の出し入れという援助行為のなかにも、病むことを実感できる可能性が含まれていたのだなあと気づきます。私が「病床の枕」のことで思い出すのは、ある患者さんのことばです。その方はパーキンソン病で、両手ともなかなか自在に動かすことが困難な様子でした。なにかのきっかけで、「夜中に一番困ることは何ですか?」とお聞きすると「何がつらいってね、いつかの晩ね、なにかしてもらってその時枕の位置がちょっとずれたんだけど、その位置のままずーっと一晩過ごしたことがあるのよ。あれがもうたまらなくつらかったわよ。情けないっていうか…、涙出そうだったもの。」とおっしゃった。遠慮深い方のようだったので、たぶん真夜中にナースコールを鳴らしてまで、枕の位置をほんのちょっと変えてもらうのはとても忍びないことだったのだと思われます。実習室の演習では、患者役の学生がベッドに臥床した状態で、看護者役の学生が、まず「新しい枕に換えましょうね。」などと言いながら枕をはずそうとします。その時看護者役の学生は、片手で患者役の学生の後頭部を支えて、同時にもう一方の手で枕をはずそうとするのですが、その後頭部の位置がちょっとずれただけで、患者役の学生は、自分の頭部の不安定感を感じてしまって、それが微妙な心の動揺を引き起こします。それは自分では頭を持ち上げられないという患者設定を忠実に守ろうとした学生ほど、強く感じます。ただ通常が元気一杯の学生達なので、支えたその瞬間の感じを余程意識しないと、その不安定感や心のちょっとした動揺などはすぐ脳裏から消え去ってしまいます。また新しい枕を入れるという行為の直後には、患者役の学生に「いかがですか。不具合はないですか?」などと枕の位置を確認するようになっているのですが、患者役の学生はすぐ「あ、大丈夫です。」と言ってしまいがちです。でもそのすぐ後に、教員が枕をもっと深く入れて「いかがですか?」と聞くとなるほどという顔つきで「ああ違います。こっちの方が断然楽です。」という返事が返ってきます。こんなちょっとした違いですが、患者にとってはすごく大きな違いなんだと、この時気づいた学生が、素敵に育ってくれて、痒い所にすっと手の届く看護師になってくれるとほんとにいいなと思ったりしています。                  

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