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2006年4月15日 (土)

特集(「原初生命体としての人間」と看護

 「原初生命体としての人間」と看護

                      あらきまりこ

 私は、20年ほど前に、野口三千三さんの著書である「原初生命体としての人間」(三笠書房)を読んで、看護者として、こういう感覚を研ぎ澄ませることこそ大事なのだと、目が覚めるような感銘を受けたことがある。そしてすぐにファンレターを書き、東京の野口体操の教室にまで出かけて行って、直接野口さんに会っていただいた。また10年ほど前に、山海塾の舞踏公演「卵熱」を見てから、山海塾のファンにもなって、数年毎に九州にも巡ってくる公演に、最近行ってきたばかりだ。それで、今回初めて、山海塾主催の天児牛大(あまがつ・うしお)さんは、この野口三千三さんの影響も受けているらしいことを知った。ああ、だから私はこのふたつのものに惹かれたのだと今頃になって納得できた。

 昔は、病む人の看護というと、とにかく病む人は手助けが必要な人、という捉え方が主流で、お世話する人、お世話される人の位置が明確だったと思う。だから、清拭にしても、患者に負担をかけない、つまりできるだけ動かさないように拭くという看護技術がベースであったと思う。しかし、病む人をそんなふうに固定的に捉えるのは、非常に不自然なことで、同じ病む人であっても、体調の良し悪しによって、時には自分の手で身体をきれいにすることが可能、もしくは一部可能な時もあるわけで、看護者は、そういう病んだ人のからだの感覚に敏感にならなければ、おせっかい過ぎたり、逆に行き届かなかったりしてしまう。現在の看護は、病む人自身の自助能力を見極めながら必要な援助を行なうという望ましい方向には向いている。しかしそれが本当に可能になるための基盤である「病んだ人のからだの感覚に敏感になる」という資質を、看護者自身が身につけようとする努力は、非常に不足しているのではないかと、私は感じている。「病んだ人のからだの感覚に敏感になる」ためには、まず自分のからだの感覚に敏感になることができなければ、自分のからだではない、ひとの感覚を感じようとすることなど、不可能である。しかし、ひとは通常、たとえば思


うように自分の肩が挙がらなくなった時でないと、自分の肩の存在を意識しない。看護者が若く、はつらつと、健康であればあるほど、自由自在に自分の手足を動かしてはいながらも、そのからだの驚くべき「自由さ」の感覚は、全く意識にのぼっていないことが多い。

 そのいわば、からだを無意識にしたまま、その看護者が病棟でほぼ完全に半身が麻痺している患者に出会うと、医療的な視点から、「運動訓練が必要である」というのがそのままその看護者が描く「患者像」となる。するとため息をつきながら、浮かない顔で歩行練習する患者はすぐさま、訓練意欲の乏しい患者というレッテルを貼られてしまいやすい。24時間絶えず半身の体重を反対側の手足の力でカバーして生活する「しんどさ」と戦いながらの「1歩」であることは、その看護者が、じぶんのからだで、なんとか想像力を駆使して追体験しないことには、決して感じとれないものであるだろう。

以下に「原初生命体としての人間」の最初の方を引用する。これをきっかけに、私もまた新たな気持ちで、日々の生活のなかに、自分のからだを意識するひとときを、時々もつようにしようと思う。

・人間の一生における可能性のすべての種・芽は、[現在の自分の中に存在する]のだと考えて、今自分自身の中にもっていながら、自分をふくめて誰も気づいていない無限の変化発展の可能性を、自分自身のからだの動きを手がかりとして、それを発見して育て、また、それがどんなものであるかさえ認識の網で救うことのできないものまでも、そのままで発達させることができると考えるのである。(p.12

・人間のきわめて多様な働きの中で、記憶・思考・判断・推理などの精神作用といわれるほとんどすべてが意識の世界の出来事であるために、人間は、人間の働きそのものを、全て意識できるかのように思い込みがちである。わたしのように自分の身体の中(の出来事)を、巨大な実験室とも偉大な教師とも感じて、それとの対話を中心として研究をすすめている者にとっては、意識でとらえることのできる事柄は、きわめて限られた一部の現象だけであって、意識に上らないままの、永久にその主人にさえ認められないままの働きこそ、むしろ、生きることにとっての基本的能力ではないかと思えてならない。(p.13)

          (野口三千三,原初生命体としての人間,三笠書房,1972より引用)

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