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2005年10月に作成された記事

2005年10月28日 (金)

例会報告(ホスピス、緩和ケア)

10月の例会報告

-患者、家族が医療者と普段着でがんを語る-

日時:20051022日(土)14:0016:30

場所:

北九州市小倉北区木町2-12-34

 

会場:西安寺

講師:聖ヨハネ病院 院長 本島由之氏

演題:北九州における緩和ケアの現状

主催:「北九州・行橋がんを語る会」

  新聞をご覧になって初めて参加された方など10数名の方々にお集まり頂きました。

  講師は、北九州緩和ケア研究会代表世話人でもあります本島由之さんです。

「ホスピス、緩和ケア、という言葉は医療従事者さえも、イコール死ぬ場所などというまだまだ誤解が多い。自宅で過ごせない方が良い時間を過ごしていただく場所であり、決して自宅へ戻れない場所ではない。ホスピスでは痛みなどのコントロールはするが、病気そのものの処置はしないところ。」と本島さんのお話しは始まりました。

☆要約

①全国にホスピス(緩和ケア病棟)は151施設、2,846床ある(2005/10/1現在、本島氏調査)。内、北九州市内には4施設(市立医療センター、聖ヨハネ病院、新日鉄八幡記念病院、九州厚生年金病院)、70床(同上)あり、1病院(施設)には平均1520床がある。

②ホスピスは、市立医療センターのような複合型と、聖ヨハネ病院のような独立型とがある。後者は、全国に4箇所(北九州、別府、京都、神奈川県)しかなく、今後は新設されないであろう。そこでのメリットは、医療従事者を含むチームとしての目的意識が明確で一致していることであろう。

②国は最期の看取りの1ケ月は在宅へ、の方向にある。実現するにあたっては、受け皿となる開業医が十分か、往診は可能か、自宅での点滴等管理は可能か、など課題は多い。本島さんは、在宅2人まで、片道30分以内、を基準に決めているとのこと。

1ケ月の出費は、主に医療費や食費、差額ベッド代がかかり、入院した場合は、老人保険の対象の人は、毎月63,600円を上限に、14,560円を負担することになる。このほか差額ベッド代やおむつ代、家族の食事や宿泊代などは、各ホスピスが独自に料金設定をしている(「ホスピスってなぁに?」第7版、NHK厚生文化事業団発行、29ページ)。

④ホスピスでは、痛みが出ないようにすることは90%コントロールできる。患者さんの要求にいかに応えていくかを日夜追求している。モルヒネは鎮痛のときのみならず呼吸困難な情況のときにも効果がある場合がある。

☆所感

   ・ホスピスへ行くことだけがいいことではない、と本島さんは話されていましたが、患者にとっては、TPOに応じて選択の幅が広くあるというのは安心の一つである。参加者の方から、アガリクスなど民間療法についての考え方や、余命、告知などについての真剣な質問などがあり、丁寧にお答えいただき、有益で熱心な討議がなされました。

・さいごに会へ過分なご寄付まで頂戴し感謝申し上げます。

    ホスピスの憂ひすさまじ外は雨 烏有      (文責 田中七四郎)

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2005年10月17日 (月)

あとがき(2005/10/12)

☆事 務 報 告

824日(土)事務局西安寺で世話人会開催。会報製本。

824日(土)会報「希望」第183号発送。

あなたらしく生きる

◇◇ あ と が き ◇◇

暖かい秋の真っ只中です。いま、日本列島のはるか南東海上にふたつの熱低と台風20号が発生していて、しばらくは生暖かい日が続くのでしょう。当地は秋雨前線の影響もなく、雨もお湿り程度といったところでしょうか。水のほうは大丈夫かと心配になるくらいです。
  8日にはパキスタンで大きな地震がありました。死者の数も2万5千人以上と報道
されています。日本人も2名の方が亡くなられたとか。昨年暮のスマトラ島沖の地震
といい今回の地震といい、犠牲者の数の多いのには唖然としてしまいます。早速、日
本からの救援隊も派遣されているということです。一日も早い復興を祈らずにはおれ
ません。それとともに、地震予知の難しさをあらためて考えさせられました。
 同じ8日に、霧ヶ丘つだ病院の新築落成内覧会があり、世話人の田中さんと井上
さんと連れ立って行ってきました。施設がとても立派で驚きましたが、これからはソ
フト面がどうなるのか見守って参りたいと思います。旧病院の時一度見学させてもらった折、スタッフの方が生き生きと働いておられたのを拝見していましたので、新施設になっても大丈夫だろうと期待しています。地域にねざした病院として今後の発展を祈りたいと思います。
                            1012日 (T

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がん大変記(最終回)

       

が ん 大 変 記(最終回)

       

田中七四郎

9/12 ・病室に手術の理由こと問はば余りの多さに命足りなき 入院28日目

  肺気胸,肝臓一部摘出,肝嚢切除,食道切除,胃全摘,  術後19日目

腸ポリ-プ,人工肛門などなどの理由で手術がなされている。

自分もその一人だが,いつまた彼のような手術が必要となるか全く分からない。

  命がいくつあっても足りない感じ。

  「新・平家物語」巻4 読了。

9/13 連句                       入院29日目

   ・入院で平常往生地金出で             術後20日目

   ・老いも若きも貴賤の別なく

   ・天天小有天

  短い入院生活の中でもその人の信条哲学が出る。

  娑婆での職業や肩書きは関係なし。

  本日より胃切食7号終了し,軽菜食1となる。昼食後シャクリ止まらず苦しむ。

  「新・平家物語」巻5 読了。

9/14 ・これからは残さぬようと努むより腹6分目を善しと努めむ   

入院30日目

  「新・平家物語」巻6 読了。             術後21日目

9/15 ・入院で体質変わるかアトピ-の跡かたもなくきれいになれり  

入院31日目

 1ケ月間のアルコ-ルなし,ストレスなし,早寝早起きが  術後22日目

効いたのか。手術がいい方向へ変化することを期待。

  「新・平家物語」巻7 読了。

9/16 ・闘病の戦友なごり秋高し                 退院日

  S氏,K氏の早い退院を祈念して。

   ・秋高し大願成就院を出で

   ・天耕の峯に達して峯を越す 山口誓子

  11:00 退院。入院期間32日で自宅へ帰る。

  夜,ダンピング現象で悪戦苦闘。

Oh my が-ん ショッ句(93/7/1893/9/16、入院前から退院まで編おわり)

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内覧会記

つだ病院

内覧会訪問記

日時:2005108日(土)15:3016:00

場所:北九州市小倉北区霧ケ丘3丁目9-20

名称:霧ケ丘 つだ病院

北九州がんを語る会より、玉水、井上、田中、の三人が訪問しました。新病院はJR日豊線城野駅の近く国道10号線沿い、旧津田内科病院からは目と鼻の先にあり、その斬新な5階建物デザインは遠目から良く目立ちました。

呼吸器疾患患者さんを主対象とし、睡眠呼吸センター、デイケア設備を兼ねた大変充実した施設でした。診療科目は内科、呼吸器科、循環器科、消化器科、リハビリテーション科、放射線科、歯科(睡眠)があり、全69床はゆったりしたスペースをとっており、1\1,0002床室)、\3,000(個室)、\10,000(特別室)の3種類に分かれています。

担当の医師は10名以上、看護士などスタッフは120名、屋上にあるビオトープ庭園からは足立山、妙見山が間近に見え、4階には展望浴槽があるなど、病院というよりホテルという感じでした。余りの環境の良さに病院居座り症候群になるのではないかと心配をしましたが、永年の診療理念の結果はむしろ入院日数の削減に効果があっているとの報告に安心しました。

呼吸器の病院でもあり、隣地のお店と共同で敷地内禁煙を積極的に取り組んでいることは評価できると思います。

外来診察は、9:0012:00(水曜は午前休診),14:0017:00,17:0020:30(水曜のみ)、休診日は、日、祭日、などですが、喘息の発作など緊急時は時間外でも受付けされるそうです。

さいごに患者、地域にとって医療保険や介護保険がリーズナブルで使いやすい病院になっていただけるよう祈念しています。

秋うららゆめかうつつか偏正回互 烏有

(文責 田中七四郎)

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2005年10月 3日 (月)

あとがき

☆事 務 報 告

□ 827日(土) 事務局西安寺で世話人会開催。会報製本。

□ 827日(土) 会報「希望」第182号発送。

□ 910日(土) 北九州がんを語る会が共催のNPO法人北部九州ホスピスケアの会「9月定例会」に会員4名参加。

あなたらしく生きる

◇◇ あ と が き ◇◇

 九月も、はや下旬に入ろうとしています。今月も私の都合で発行が遅れてしまいま
した。お詫び申し上げます。朝夕はだいぶ涼しくなりましたが、日中は蒸し暑かった
り涼しかったりで、体調を維持するのに気をつかっておられるのではないでしょうか。お見舞い申し上げます。秋彼岸を過ぎると一気に涼しくなるでしょう。今年は幸いに中秋の名月を楽しむことができました。皆様はいかがでしたか。
 夕陽が落ちかかる間際までつくつく法師が鳴き、夜のとばりが下りた途端、こおろ
ぎをはじめ秋の虫たちが、ひっきりなしに合唱をはじめます。秋にしか味わえない独
特の風情でしょう。
 境内にある二本のイチョウの木からは、はや色づいて黄色くなった実が落ち始めま
した。昨年、数回の台風通過で枝がいたぶられたせいかどうかは分かりませんが、今
年の実のつき具合はよくないようです。そのかわり一粒一粒は例年になく大きい。そ
ういえば、小倉南区の合馬の竹の子も、例年の半分以下しか出荷されなかったと聞い
ています。これも台風の襲来と関係があるらしい。今年は現在のところ、北九州への
襲来は九月七日の十四号だけです。鹿児島、宮崎地方は豪雨で大変な被害をもたらし
てしまいましたが、北九州地方は台風の中心が通過したにもかかわらず大きな被害を
免れました。禍福はあざなえる縄の如しということを身にしみて感じています。
                           920日 (T

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特集(自死遺族のグリーフケア)

シンポジウム「自死遺族のグリーフケアと自殺防止~コミュニティーはタブーを乗り越え悲しみをシェアできるのか」参加報告

日時:平成17910日 14001730

場所:北九州市総合保健福祉センター「アシスト21

司会進行:北部九州ホスピスケアの会 医師 矢津 剛

共催:北九州市(北九州市精神保健福祉センター)

   NPO法人北部九州ホスピスケアの会、北九州がんを語る会

 まず基調講演では、あしなが育英会、NPOライフリンク副代表の西田正弘さんのお

話があった。西田さんは、親を自死(自殺)で亡くした体験をもつ高校生や大学生と5

年間かかわって考えたことを中心にその実情と課題を語られた。西田さんは12歳の時

に父を交通事故で亡くし、その突然さに心が混乱し、ダメージも受けた。しかし交通

事故死というのは、いわば社会に認められているといえる。社会が交通事故予防対策

や飲酒運転の罰則規定の強化などに取り組み、徐々に改善が図られている状況と比べ

ると、自死した親の実態調査などは、進んでいない現状にある。全国的に自死が年3

万人を超え、特に4050代の自死が急速に増えている。それに伴ない、自死遺族の問

題も深刻化しているのではないだろうか。あしなが育英会では、例年親を亡くした子

どもが集い、34日のキャンプを行なうが、親を自死で亡くした子は、どうしても

その場で、皆にそれを打ち明けられない場合が多いということがわかってきた。親が

自殺したと言った瞬間に、友人関係がずれていく、あるいは変な家庭と思われるので

はないかという不安をもつ。あるいは身内から初めに口止めされたことでストレスを

抱えている場合もある。そこで彼らの話をもっとよく聞こうという試みが始まり、そ

れがVTRで紹介された。VTRでは、中学生の時に父が自死した青年の苦しみが、青

年自らの口を通して語られていた。寝室で命を絶っていた父の第一発見者となったこ

わさやそれ以後の生活のなかで、父の自殺を誰にも知られたくないという強い思いや

母が体調をくずしたのは父のせいだという父へのうらみ、また父の自殺は食い止めら

れたのではないか、食い止められなかった自分が悪いという自分への責めなど、さま

ざまな思いが彼を苦しめていた。それが自死した親の子どもだけのキャンプで、初め

てそういう自分の体験を語ったという。西田さんのお話では、グリーフというのは、

病気ではなく、大事な人を失えば、いろいろな感情が湧いてくるのは自然なこととま

ず受け止められることが重要であるという。さまざまな感情を人に受け止めてもらわ

ないと、その人の生活に多大な影響を及ぼしてくることになる。そこで今回の問いか

けであるそのグリーフを、「コミュニティは、分かち合えるのか」ということを、考え

てみる。分かち合うには、まず「自殺する人は弱い」などという社会の偏見を改めて、

一人一人が、関心をもつことから始めるべきではないのか。また自殺は単に個人の問

題ではなく、社会の問題として考えていくことが必要なのではないのか。当事者の話

を聞けば聞くほど見えてくるものがある。当事者同士が身近な場所で、分かち合いが

できるように、われわれはむしろ間接的にサポートしていくことが必要であると考え

ている。

 

 その後、自死遺族の方のお話があったが、匿名希望の方であったため、要約は省略

させていただいた。次にNP0北九州ホームレス支援機構に所属し、牧師、音楽療法士

でもある谷本仰さんのバイオリン演奏とフリートークが行なわれた。ホームレス支援

の弁当が30個から150個必要となり、次の年に250個と、年に100も増加した年は

1997年から1998年であり、この年は、年間自殺者が28000人から31000人に増加し

た年と重なっている。また自殺率は、全国的に見ると4000分の1の人が自殺している

ことになるが、北九州のホームレス者を100%としてみると、そのうち200分の1の

ホームレス者が自殺していることになり、高い自殺率となっている。したがってやは

り自殺は、一見個人的なもののように見えるが、まさに社会の問題であると捉えるこ

とができるという。このお話しの後、谷本さんが体験された身近な人の死と、残され

た谷本さん自身の苦しみについて語られ、確かに後に残された者の複雑な思いは存在

すると話される。谷本さんのバイオリン演奏で、ひととき心が休まる。

パネルディスカッション

 後半は、基調講演の西田さん、自死遺族支援「リメンバー」福岡代表の井上久美子

さん、小倉記念病院精神科医師・臨床心理士の三木浩司さんによるパネルディスカッ

ションが、矢津剛さんの進行により行なわれた。井上さんの自死遺族支援「リメンバ

ー」の活動報告や西田さんのライフリンクについての説明、三木医師によるうつ病患

者の自殺の問題などが取り上げられた。自死遺族支援は、身近な所で支援の輪を広げ

る必要があると思われるため、北九州でも、精神保健センターなどの協力を得て、会

を立ち上げる方向をめざせないだろうかという案が出された後、閉会となった。

所感

 重い課題ではあったが、現代社会に生きる我々にとって、自死あるいは自死遺族の

問題は、他人事としてではなく、関心を寄せ、またゆえなき偏見によって自死遺族を

傷つけることのないよう意識していかねばならないとこれを契機に心を新たにした。

 実践報告という形であったため、自死遺族の抱えている問題がリアルに浮き彫りと

なり、充実したシンポジウムであったと思う。関係者の方々お疲れ様でした。(文責新木)

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