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2005年6月に作成された記事

2005年6月28日 (火)

講演会報告(切らずに治すがん治療)

重粒子線がん治療講演会報告

-切らずに治すがん治療-

日時:2005625

(土)13:3016:30

場所:

北九州市小倉北区浅野

 

会場:西日本総合展示場

講師:放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター 佐藤幸夫氏、辻井博彦氏

演題:重粒子線がん治療について

主催:独立行政法人 放射線医学総合研究所(放医研) 

  講演は主催者発表で1,000名超の参加申し込み者があり、九州地区で初めての開催とのこともあり、開演前より会場は暑い熱気が感じられた。

①重粒子線がん治療は、新しい放射線治療の一つで、従来より治療効果の大きい放射線を用いている。従来のX線やガンマ線は、身体表面近くで最も強く、深く進むにつれて減弱する。重粒子の場合は、エネルギーに応じてある深さで急に強くなるが、その前後は弱いので、ピークの部分をがんの患部に合わせることにより、正常組織への障害を少なくすることができると考えられている。重粒子線治療は、病巣への放射線の集中度が良く、がん細胞に対する致死効果が高いといえる。

②放医研では、世界で初めて医療を目的とした重粒子線がん治療装置を開発、建設した。生物学的効果(細胞致死作用)が高く、酸素濃度が低くても効果のある重粒子線治療は、局所進行がんや、従来の放射線ではビクともしなかった酸素濃度の低いがんに対して効果が期待できる。

③放医研の重粒子医科学センター病院の臨床試験ではほとんどの部位で他の治療法では治癒が見込めない症例を治療対象としているが、特にX線に抵抗性を示す腫瘍(線がん、線様嚢胞がん、悪性黒色腫、肝細胞がん、肉腫など)で顕著な有効性が認められている。これまでの臨床試験の中で、線量増加試験や安全性をみるための試験(第Ⅰ相試験)がすでに終了し、かつ第Ⅱ相試験(治療効果の確認)としても充分な実績が登録されたものについては200310月、厚生労働省から高度先進医療として承認されている。

所感

①重粒子線がん治療法は、他の治療法で十分に治療が期待できるがんや、すでに他

部位に転移しているがんまたはその傾向の強いがんは、治療の適応にならないという制限事項があるので注意。

②今以上に正常組織への影響を減じる技術革新を期待したい。

③最先端のがん治療法は、国内唯一の研究機関は千葉市にあり、現状他の治療法に比べて費用負担が割高である。

夏休み微熱のわけを検査せむ 烏有      (文責 田中七四郎)

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2005年6月16日 (木)

事務局便り、あとがき(2005/6/15)

☆事 務 報 告

□5月7日(土)勝本外科開院内覧会、世話人3人で訪問。

521日(土)事務局西安寺で世話人会開催。会報製本。

523日(月)会報「希望」第179号発送。

あなたらしく生きる

◇◇ あ と が き ◇◇

遅ればせながらの梅雨入り。今日は立ちくらみするくらいの暑い日ざしです。去年も梅雨入りの後晴れの日が続きました。そのかわり、その後10月まで台風に悩まされました。今年はどうなることやら。
 カラスが大イチョウの上の枝に巣を作っているようで、忙しげに鳴いています。お
そらく雛鳥が何匹かいるのでしょう。カラスも気が立っているように思われます。こ
れから当分の間、糞害に悩まされるのでしょう。
 既報しましたように、4日に例会がありました。麻酔に関する知識が皆無でしたの
でとても参考になりました。詳しくは田中さんの報告をお読み下さい。参加者が9名といつもより少なかったのですが、例会そのものは充実していたように思います。そのさい、出席者の方から緩和ケアに関する質問、要望がありましたので、次回はその方向で講師を探したいと思います。痛みをコントロールするのは何も末期医療だけに限定する必要はないように、今回の例会を聴いていて感じました。精神論だけではないということもあるのだということです。
 今月は総会を兼ねた決算報告を掲載しています。数年前から一部を除き、経費節減
を理由にして領収書を発行していません。未納の方はどうぞ会が今後も存続できるよ
うご協力お願い申し上げます。10名弱のペースで年々減っています。寄付をしていただく一部の篤志者のご好意に甘えていてはいけないと思います。どうぞご理解とご協力をお願い致します。事務局としましても、今後、会報を送るとき会費を納入いただいた方には領収書を同封するようにしたいと考えています。615日 (T

北九州がんを語る会

代 表 〒824-0003 

行橋市大橋3丁目12-3

浜口 至 TEL093024-7356

事務局 〒803-0851 

北九州市小倉北区木町2-12-34

西安寺 玉水秀孝()TEL093561-5320

HPアドレス 

http://ctnk7460.cocolog-nifty.com/nozomi/

 

(会費振込先)口座番号01760-1-83497

加入者名 北九州がんを語る会

郵送の場合は、玉水へ

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春夏秋冬(神様のプレゼント-2-)

春 夏 秋 冬

―― 神様のプレゼント (2)――

 5月9日(月)の朝食には、食パン1/2、トマトジュース、ヨーグルト、養命酒の小カップ1/4をおいしく食して、8時14分発の西鉄バスで北九州の某総合病院泌尿器科へ向かう。バス路線の左右は、まさに(目に青葉、山ホトトギス、初鰹)である。いろんな問題を背負って疲れている、私の心が癒され、自然の息吹を腹いっぱい吸い込んで涙がこぼれそうになる。某総合病院下のバス停で降りる。1階の受付で予約券と診察券を提出し、エスカレーターで2階へ、右側の突きあたりが泌尿器科外来である。受付で診察の手続きを終え、廊下の椅子にもたれて順番を待つ。

 名前を呼ばれて診察室に入り、テーブルを挟んで主治医と向かい合う。主治医も笑顔、私も笑顔で挨拶。主治医がカルテを出して指でなぞるようにして「浜口さん、カソデックスを4週間中止したでしょう」と確認する。

私は「はい、おっしゃる通りにしました」「それでは、下腹部に注射しますので、済んだらこの資料を持って採血室へ行き、採血が済んだらすぐここに帰ってきてください」「はいわかりました」。私は渡された資料を手にして採血室へと向かう。少し歩くと左側に(第2西病棟)の標示板が目につく。

私はかって、西病棟の2人室に検査入院をしたことがある。入ってみると(癌病棟)であった。同室の患者さんに夫人が付き添っておられた。患者さんの顔は黄色に染まっていた。食事前、私は目を閉じ無言で感謝の祈りを捧げる。

 日曜日には、患者さんの家族が面会にこられる。孫にあたる男の小学生が、おじいちゃんの患者さんと、付き添いのおばあちゃんから、なにかを聞いていたが、私のベッドに来て、「おじさん、ぼくに国語を教えてください」と言った。「いいですよ、いっしょに勉強しよう」と答えると、少年は喜んで、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、おかあさんに、さっそく報告していた。「私は食事がすんだら、面会室でテレビを観るから、おじいちゃん、おばあちゃんと仲良くしなさいよ」といって、家族がくるたびに部屋をゆずっていた。おじいちゃんの病状が急変し、私は隣室へ移された。医療者達が廊下を小走りに急ぐ足音がして、おじいちゃんは亡くなった。私が移された2人室に、がん再発の男性と家族が入ってきた。3人の娘は看護婦で良い交わりが出来ていたが、この患者さんも病状が急変し、私はまた隣室へ移され、患者さんは亡くなった。

 採血室へ向かいながら、これらのことが脳裡をよぎった。採血がすんで泌尿器科外来にいくと、主治医が私を呼んで「浜口さん、採血の検査がすむまで、45分くらいかかりますが、その間待っていただく時間はありますか」「今日は時間がありますので、食堂でお茶でも飲んで、10時15分には、ここに帰るようにしましょう」といって、食堂で肉うどんをゆっくり食べた。朝食はすませているのにこれは多すぎるなあと思ったが、時計を見ると1010分になっていたので、廊下を歩いて泌尿器科外来についた。すぐ私の名前が呼ばれて検査結果の説明を聞いた。服用するのは、

カソデックスではなくて、エストライト(カプセル)を1個、朝食後と夕食後に服用することになるが、主治医の話によれば、この薬を飲むと、食欲がなくなり、胸がむかついたり、吐き気がきたりするが、これは薬のせいですから、どうにもならなくなったら、朝食後は飲まないとか、夕食後は飲まない、というようになさってもかまいません。しかし、2週間に1回来ていただくことは出来ませんかと主治医が言った。私は、はなはだ勝手なお願いですが教会の牧師をしていますので、日程はギッシリつまっていますと答えた。

 主治医は「よくわかりました。それでは28日分、エストライトを出しましょう」と応じてくれた。「もし、私に耐え難い症状が表れたら、手紙でご報告します」といって処方箋を手にして、薬局に向かい、エストライトなるカプセルを28日分貰った。坂道を徒歩でゆっくり歩いて、バス停へ行った。5分待って、行橋行きのバスがきたので中の座席に腰をおろした。バス路線の左右は朝よりも鮮明な緑、杉の花粉、道端の花、花に雑草が息づき、私の疲れは癒されて帰宅した。妻に報告し、夕食後からエストライトのカプセル1ケを服用することになった。確かに強いようだ。患者さんから「浜口さん、抗がん剤はつらいよ」と聞いていたが、私の薬はまだ序の口である。

 私と妻は副作用のことを(癌ちゃん)と呼ぶことにした。(北風小僧の癌太郎)は遊び好きだから、時々やってくるだろう。癌太郎との遊びがどう展開していくのか、まだわからないが、私には先取り不安などはない。体調と相談しながら、与えられている今日を日程通り生きていくことだ。

2005年5月13日  浜口 至

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2005年6月 8日 (水)

例会報告、特集記事等(麻酔とがん)

6月の例会報告

-患者、家族が医療者と普段着でがんを語る-

日時:200564日(土)14:0016:15

場所:

北九州市小倉北区木町2-12-34

 

会場:西安寺

講師:

焼津市

甲賀病院 麻酔科医 福留武朗氏

演題:麻酔とがんについて

主催:「北九州・行橋がんを語る会」

  境内の緑が瑞々しい午後、講師には遠来の静岡県よりお運びいただきました。

福留さんは、昨年末まで

北九州市八幡西区黒崎

の九州厚生年金病院に勤務されており、今年1月より国立医療機構仙台医療センターから現在地に至るまで麻酔科と救急医療をご専門に引く手あまたのご活躍をされています。

がんの手術には欠かせない麻酔というものについて、患者、家族が日ごろお聞きすることができない大変有益なお話しをひざ突き合わせてお聞きすることができました。

☆要約

①麻酔というと単に眠らせる、痛みをとる、と思われがちだが、麻酔科医は、手術中にいのちをいかに安全に適切に維持管理(医師側からのことばだが)していくか、秒単位の判断に迫られる。

②外科医は麻酔医が居ることによって手術に専念できる。手術中の管理が良くなるため、麻酔科医の果たす役割は今後益々重要。

③麻酔科医が居ないため病院が成り立たないところもあり、麻酔科医の不足が問題になってきている。

④「医師を育てるのは患者である」と考えるようになった。若いころは、麻酔科医という裏舞台でかつ激務の下、患者さんとの心の交流を持ち難かったが、段々患者さんと一心同体の気持ちが持てるようになった。

⑤外科医をとりまく環境は厳しくトラブルの無い手術結果を出すには従来以上に大きな努力が必要となりつつある。標準的な手術はパターン化され、平均的な外科医で適切に処置されるが、教科書通りでない応用問題が出たときの処置に、外科医の力量が問われる。医療では唯一正しい処置というものはない。手術せずにそっとしておくチョイス(選択肢)があるかもしれない。患者は自ら積極的に考え選択判断して医師へ主張することが重要。

⑥一口に患者さんというときに、患者さん本人(未成年、成人)、家族、親族友人、などがあり、3者が入り乱れて医師団に発言される時大変気を遣う。個人情報保護法下では患者本人の意思が最優先とされる。

⑦血液の癌である白血病は大部分コントロールできるようになってきているが、他のがんについてはまだそこまでいっていない。人間という前に生物である我々は、いのちを守るためのしくみについて、癌などから人間個人を守るしくみと、微生物などから人間という種を守るしくみについての関連性優先順位つけなど十分解明できていないことが多い。

所感

・  「国の施策では、医療予算や病院の数を減らしていく方向にあり、わが国の医療を取り巻く環境は厳しくなりつつある。これから医療の世界に消費者運動的なものが必要と考える」という福留さんの提案は、私たち患者家族の問題でもあると感じた。

      参加者の方から、かつて手術をうけた際麻酔の先生にお世話になったのでお礼を述べたかったが探し当てることができなかった、今日は麻酔について良いお話しをお聞きすることができたと改めてお礼を述べられた。福留さんより、麻酔科医は益々重要になってきている、裏方で前面に出ることが少ないが、患者さんの麻酔科医への理解に感謝を述べられた。

      さいごになりましたが、今回貴重な時間をお話し合いに参加していただき会へ過分なご寄付まで頂戴しました、福留様に感謝申し上げます。

    万緑やがんと麻酔に酔いここち 烏有      (文責 田中七四郎)

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