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2005年5月16日 (月)

例会報告、特集記事等(ホスピスは地域をめざす)

山崎章郎講演会報告

「ホスピスは地域をめざす」

日時:2004418日(日)14:0016:30

場所:

行橋市

今井1802

会場:浄喜寺(じょうきじ)

主催:NPO北部九州ホスピスケアの会

  

福岡県行橋市

は今川沿いの堤の葉ざくらが美しく目に染む昼下がりでした。「病院で死ぬということ」で知られる桜町病院聖ヨハネホスピスの山崎章郎(やまざきふみお)さんの講演会を「北九州・行橋がんを語る会」の会員、新木、森屋、井上、さんらと聴きに行ってまいりました。

 開演時間前から200名を超える老若男女、特に女性の方々が多く大きな本堂は埋めつくされました。駅コン(音楽コンサートを駅構内で開催すること)がはやる今日、キリスト教徒や仏教徒や無宗教の人々がお寺に集まり、ホスピス(緩和ケア病棟)の話しを聞き、死について語り合うということは、これからのお寺との素敵なご縁になるのではないかと考えました。身近に「かかりつけ医」を持っている私たちは新しく「かかりつけ寺」と出会ったような感じです。

     要約

1.「私はホスピスをめざす」時代

     大学医学部卒業後、臨床より研究中心の医師に飽き足らず、1983年船医として北洋、南極海へ。

     船の中で読んだ「死の瞬間」(エリザベス・キューブラ・ロス、米国精神医学者)に深い感銘を受けた。

     医者が臨終時におこなう蘇生術(心臓マッサージ)などは、本当に患者さん、家族のためになっているのだろうか、またガンバレ(ば治る)という励ましは、患者さんの時、立場を考えて言っていたか、など疑問に。

     がんという病名を患者さんに伝えるようになって、患者さんはがんの治療そのものに重点をおく時間から、人生の締めくくりを考える時間を多く持つようになったと思う。

     1985年ころ、施設はこれでよいか?「もっと多くのホスピス施設を」、朝日新聞へ投稿。その後「病院で死ぬということ」著作。

     45年間、ホスピス施設の中のしくみつくり、係わり合いを通して。患者さんは、自分が大切にしてきたこと、日常の(ささいな)ことができなくなった時、「今日もう死んでもいいのでは?これから2週間長生きしても意味がないのでは?」と問いかけしてきたときどう応えてあげられるか。

→問いかけをされた人が問いをそのまま認めてあげる、受けとめてあげる、共感、感情移入→自分を大事に思ってくれている人がいる、ことに気づいて患者自身が立ち直る例。

  2.「ホスピスは地域をめざす」時代

     人間の死の間際はがんで死ぬときだけでなく、何で死ぬ時でも同じではないか。ホスピスケアだけの問題ではない。現在、ホスピス施設は全国に約120あり、がんで死んでいく人は30万人、その中施設の恩恵を受けている人(末期がん患者)は、わずか4%前後しかいない。

     2001年~、

秋田県鷹巣町

のケアタウン構想、ニュージーランド視察、など国内外の福祉先進地域を回り、ユニットケア、一人ひとりのケア、ケアハウス、グループケア、などを調査し、「ホスピスケアは地域をめざす」の考えに到った。

     来年都下にオープン予定の「ホスピス長屋」は、その新しい試みの一つ。バリアフリーの賃貸集合住宅の一階に診療所や訪問看護ステーションなどが入るコミュニティケア。病院でも福祉施設でもなく地域に開かれた、「第二の我が家」として安心して過ごせる空間をめざす。

     所感

     「ホスピスケアは地域をめざす」は、あくまでホスピス長屋だけでの自己完結型システムではないと山崎さんは言われる。これから考え方を具現化し、実行し、軌道に乗せていかれるようであるが、行政、民間、NPO等も参加してそれこそ地域ぐるみの地域力を結集したチーム医療をめざして該構想を成功させていただきたい。なぜならわたしたち死に行く人がさいごの生き方を選ぶに当たり、その時のTPOに応じた選択肢に魅力あるチョイスを一つ増やしてくれることになるから。「北九州・行橋がんを語る会」は、患者、家族、遺族の視点から積極的にメッセージを発信していく積もりである。

     ちなみに今日の会場となった行橋今井(今居)の守田山浄喜寺は、15世紀から続いている浄土真宗の由緒あるお寺さんであるという。この地に残る金屋(かなや)という地名は、鋳物師と呼ばれる専門職人の集落があったことの名残りであろうといわれている。今居の鋳物師が活躍したのは15世紀のことで、ここで鋳造された製品は北部九州から山口県にまで及んでいたという。現在浄喜寺にある梵鐘(福岡県指定文化財)は、銘文によると室町時代の応永28(1421)年に彦山霊前寺大講堂の洪鐘としてここ金屋で鋳造されたものであるという。その後、この地の鋳物師は小倉城下の鋳物師町(いもじまち)へ移っていったといわれている。

    講演会大本堂で聞く永き日 烏有

参考文献:

行橋市

http://www.fmw.or.jp/city/015/contents/015s_010.html

(文責 田中七四郎)

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